GWも終わってしまった 

長い人は9日間もあった今年のGW.自分はカレンダー通りに出勤し、さらに1日だけ休日出勤したので、6日間のお休みであった。

殆ど家に居たが、一日だけ、春なのに、サマーランドに行ってきた。八王子やあきる野のあたりは、高尾や奥多摩の山々が近くに見え、緑が美しいところですなあ。それは道中の話で、サマーランドではずっと屋内のプールに居た。人も多かったので、プールで泳ぐことは殆どなかったが、一日中、水の中で遊んでいるだけで、かなり疲れた。

さて、今日から久しぶりでも懐かしくもないジャカルタ出張である。やることは盛りだくさんだが、仕事が全くないよりはマシと捉えて、充実した日々を送ろうと思う。では、行ってきます!

気づいたら 

気づけば、4月も終盤で、今回のジャカルタ出張も終わってしまった。

日本はすっかり桜が散ってしまい、若葉の緑が美しいこと。

素晴らしい季節。暑くもなく、寒くもなく、本当に気持ちいい。

でも、季節を味わうことなく、仕事に追われる今日この頃です。

ジョグジャ 

ジョグジャと言えば、ジャワ島の中部の古都、ジョグジャカルタ(Yogyakarta)である。

が、今日のお題のジョグジャは、ジャカルタでジョギング(Jog in Jakarta)である。今日は珍しく早起きして、40分ほどジョギングをしてきた。

これまでジャカルタで走れる場所はSenayanという競技場のある地域ぐらいかと思っていた。しかし、今回の宿泊先はSenayanから離れているので、Senayanまで行くのがきつい。

が、ある日、ジャカルタの地図をボーッと眺めていたら、市の中心部であるモナス(国家独立記念塔)周辺でも走れるのではないかと思い、モナスに行ってみた。今回泊っているホテルからモナスまでは1kmぐらいの距離で、十分行ける距離である。


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モナス

モナスに行くと朝から健康的なジャカルタ市民が運動しているではないか。

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朝陽を背に運動するジャカルタ市民

よし、これから走るぞ!と言っても、帰国の日が刻々と近付いている。

今週末あたりにもう一回走れるかな。

赤い鎖 

昨日は約10年ぶりにゴルフをやった。
OUT78、IN73とTOTAL151とプロの2倍ぐらいのスコアで、昨日のコンペでも断トツの最下位であった。

スコアはともかく、緑多い環境で体を動かし、汗をかけたのが良かった。

そうそう、昨日は、結婚記念日であった。11周年で、鋼鉄式と言うそうである。これは、二人を結ぶ赤い糸が赤い鎖になったことを意味するものと勝手に解釈している。今後は鎖を錆びさせないように頑張ろうと思う。

ジャカルタで久々のブログ更新 

久々の更新である。

前々回のMarch Madnessでは、なんと母校は予想に反して、準優勝。Final Four(準決勝)では、終了3分前に追いつき、追い越し、1点差で辛勝。決勝はRanking1位の優勝候補筆頭の大学が相手だった。前半は相手ペース、後半に追い上げを見せたが、結局追いつけなかった。きっと、テレビで見れたら、釘付けになっていただろうな。

さてさて、新年度初日の4/2に、ジャカルタに渡航した。今回は4/25までの滞在。今年は桜が見れないなあ。

昨年の今頃、桜を楽しむ余裕もなく、企画書づくりで苦しんでいたこの案件も、とうとう盤戦である。一年は早いなあ。

今日は日曜日ということで、休日をのんびりと過ごした。約5年ぶりにジャカルタの大通りのバス専用道を走るトランス・ジャカルタに乗った。

5年前は新しい車両で清潔感もあったが、今回久々に乗車したら、車内もバス停もボロクなっている感があった。

- 自動ドアが手動ドアに
- 次の停留所を示す車内の電光掲示板は使われていない
- 車内放送もない
- シートは全く変えていない感じ
- バス停までの歩道橋も落書きだらけ

今日は、約5カ月ぶりにホット・ヨガに行ってきた。ブランクが大きかったせいか、前半戦はすぐに目眩がしてダメダメであった。寝技主体の後半戦は大丈夫だったが。それでも、いい汗かけて、ヨガの後のシャワーは気分爽快であった。

シダンゴ山登山 

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寄から望むシダンゴ山

前から気になる丹沢のシダンゴ山に行ってきた。
約4年前の鍋割山・塔ノ岳登山の際に、地図を見て珍しい名前の山だなあ、と思って、ずっと気になっていた。

そして、3/20にその気になる山に登ることが叶った。

アクセスは、小田急線の新松田駅から富士急湘南バスに揺られること30分、松田町の寄(やどりき)を起点とした。約4年前の登山もここを起点としたが、茶畑もあってか、とても良い印象の集落である。

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橋の欄干には鉄琴があり、お馬の曲のメロディを奏でることができる

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寄の茶畑(下山時に撮影)

シダンゴ山までは大人だけなら1時間ぐらいで登れてしまう手軽な山である。そして、山頂からの眺望が良いのも魅力のひとつである。秦野市内、相模湾、箱根の山々を見れ、残りは丹沢の山々を楽しめる。大山、塔ノ岳、鍋割山、丹沢山、蛭ヶ岳と、東丹沢の主たる山を望める。

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山頂での記念撮影

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残雪の丹沢主脈(蛭ヶ岳、丹沢山)

しかし、この日は天気が良かったものの、富士山は雲に覆われ、この山頂から眺められる片富士は見れなかった。片富士とは、富士山が手前の山に隠れ、一部分しか見えない。その姿は、まるで富士山が手前の山の陰に身の一部を隠し、こっそりとこちらを見ているようである。このような片富士の見方は、富士山の全貌が見えないという消極的なものではなく、むしろいつも堂々とそびえる富士山の意外な一面と捉える。片富士も趣があるのである。片富士を見れなかったのは残念であった。

この日の山頂はポカポカ陽気であった。暦の上では春だけど、初春らしい気候であった。おかげで、日向においた一口チョコレートの一部が溶けてしまった。

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ポカポカ陽気の山頂

さて、珍しい山名を持つシダンゴ山であるが、その名の由来をWikipediaから引用する。

飛鳥時代に、仏教を寄(やどりき)の地に伝える仙人がいて、この山の上に居住し仏教を宣揚したといわれている。この仙人を「シダゴン」と呼んだことからこの地名が起こり、「シダゴン」が転じて「シダンゴ」(震旦郷)と呼ばれるようになった。

シダゴンでも良い気がするが、ウルトラマンに出てくる怪獣みたいな名前で、ちょっと近寄りがたくなるか。

何はともあれ、かねてより気になった山に登れたので、気分もスッキリした。

登山の詳細は、ヤマレコにアップした記録をご覧ください。tarachanさんのヤマレコの記録によれば、翌日は片富士も見えたそうです。次回行く機会があれば、片富士を見れますように。

3月の狂乱(March Madness) 

そろそろ米国で全米大学バスケットボール大会が始まる。68の大学のトーナメント戦である。
米国ではNCAA TournamentやFinal Fourと言われている大会である。

Final Fourと呼ばれるだけあって、優勝できなくても、Final Four(準決勝)に進めば、
そのチームは「よくやった」「強かった」という評価のようである。きっと、Final Fourになると、
優勝チームとその他のチームの実力差はないに等しいのかもしれない。

我が母校は、今年はどこまで進めるか。ちなみに、最近の母校の優勝は、1988年と2008年である。2008年に優勝した時、友達からメールがあり、「次の優勝は20年後の2028年だろう」と書いてあった。

我々が在籍していた1996-1998は、優勝候補と言われながらも、どの年も格下の相手に敗れ、Elight Eight(ベスト8)にも進めず、まさにMarch Madnessであった。

ああ孝夫さん 

3/25(日)の午後3時に、圏央道の一部が開通するという。
その場所をググろうとした時、「孝夫さん」と入れてしまった。

入力した文字を見て、孝夫さんに恋心を抱いている女性が「ああ孝夫さん」と、去ろうとする孝夫さんを手を伸ばして呼び止めようとする姿を想像してしまった。しかも、なぜか、その女性は和服を着ている。

調べたかったのは、そんな「孝夫さん」ではなく「高尾山」であった。

「高尾山」という文字を見ると天狗を想像するが、これが「孝夫さん」になると想像も異なってくるから、面白いものである。

さてさて、圏央道のニュースだが、高尾山IC(インターチェンジ)〜八王子JCT(ジャンクション)の延長2kmを、3月25日15時に開通するというものであった。あと数年すれば、中央道と東名も結ばれるであろう。日本の高速道路もガンガン出来ているものの、人口減社会で需要も減少していくのではないか。快適なドライブを期待できそうだが、道路のメンテの費用がかかりそうだ。

地球の悲鳴 

今朝、インターネットのニュースを見てみたら、所縁のあるPNGとカンボジアに関する記事があった。

パプアの地滑り、エクソンの開発方法に疑問符=日本も出資

カンボジアの森林つぶして中国人がカジノ建設

エネルギーやカジノで莫大な利益を得るために、貴重な自然が破壊されていく、地域住民も苦しめていく。利益を得ること自体は悪いことではないが、地域の自然環境や社会環境に配慮すべきと思う。

これを守るのは政府の役割だが、両国とも投資家と政治家が結託してしまうのだろう。

春はまだみたい 

今朝、ジャカルタから帰国した。思えば、閏年の2月29日が移動日になるというのは初めてのことかもしれない。

そして、成田到着した後ぐらいから、雨が雪に変わる。成田エクスプレスは、雪景色の中を走る。ああ、なんだか急に南国から北国に来てしまったなあ。

それにしても、雪を見るのは久しぶりかもしれない。たまには、街の雪化粧を見るのも、良いものである。特に、雪で白くなった桜の木は、その満開時期とも違う趣があって、美しく見えた。

まずは体調を崩さぬようにしないといけない。

インフルエンザ 

遠く日本からインフルエンザをインドネシアに持ってきてしまったようである。

入国日(水曜日)もちょっと熱があったが、木曜日は平熱だったから、大丈夫かと思いきや、金曜日に高熱でダウン。すぐ病院に行って、インフルエンザの検査をしてもらう。結果、A型とのこと。

病院に行った後、点滴などを打ってもらい、熱も平熱レベルに下がった。昨日も今日も熱はないので、月曜日からはオフィスに行けそうである。

ただ折角の週末なのに、外にも出れず、ホテルの部屋に引きこもる。先月、PNGに入国した最初の週末も風邪でダウンし、インドネシアでも最初の週末がインフルエンザである。こんなこともあるんだなあ。まあ週末にかかる分だけ、仕事関係者へ掛ける迷惑も減るから、まあラッキーなのかもしれない。

日本のみなさま、インフルエンザにかからないようにお気を付け下さい。

テンションを高くしよう。 

2月は家族サービスで、ゆっくりと日本に居れるかと思いきや、結局、出張することになってしまった。

約4カ月ぶりのジャカルタだ。

こっちが疲れていようが、朝はインドネシア人の笑顔に合わせて、こちらもニコりとスラマッパギー(おはよう)である。

インドネシア人、なんかみんな活き活きしていて、羨ましい。

気の持ちようかな。

Wの悲劇には至らず 

会社の各フロアにおいて、エレベーターホールからオフィスに入るのに、社員証のカードをセンサーで読み取ってもらわないとドアロックが解除されない。

お昼時、お弁当を買って、オフィスに入ろうとし、カードを当てたが、全然ドアロックが解除されない。どうしたんだろう。

そして、自分が持っているカードを良く見てみると、それは社員証ではなく、Suicaだった。

そりゃあ、ドアも開かないわな。ボケがはじまったのか?

もし、これで会社からお金まで引かれていたら、Wの悲劇である。

アイススケートと昔話 

2月2日(木)、日本に無事帰国した。

17日間のPNG出張、行き帰りに香港も寄って、盛大なる送別会もやってもらったし、それだけでも色んなことがあったと思う。

そして、5日の日曜日。新横浜プリンスホテルのスケート場にスケートをしにいく。アイススケートなんて、何年ぶりだろう。米国にいた頃、少しだけローラーブレードをやっていたことがあったので、なんとか氷の上でも滑れた。

それにしても、うまい人はうまい。華麗である。普通に真っ直ぐに滑る、その姿だけでも美しい。幼稚園生ぐらいの女の子がスイスイと華麗に人々の間を潜り抜けて滑っていく。ピアノとかもそうだけれど、アイススケートなんかも小さい頃からやらせるに限る。でも、本人にが興味を持たないことにはね。ここで滑っている子たちは、真央ちゃんに憧れて始めたのかな。動機はなんであれ、すごい。

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賑わうスケート場

新横浜プリンスホテルのスケート場と言えば、大学時代の友達を思い出す。その友達のあだ名は、みどりちゃん。あのスケート選手の伊藤みどりさんに由来する。工業系の大学なので、もちろん男の友達である。彼はフィギュアスケートの選手であった。だから、みどりちゃん。いかにも短絡的なあだ名のつけ方である。

大学1年生の時、フィギュアスケートクラブに入ってくれと、勧誘された。そして、ふかふかも4年間、そのクラブに所属していた。みどりちゃんは勧誘時に言った「練習はない、大会もない、ミーティングもしない」と。

背景を聞くと、大学のクラブに所属していないと大会の出場資格を得られないようである。うちの大学にはフィギュアスケートのクラブはなかったので、彼はクラブを作る必要があったそうだ。とりあえず、所属する人と顧問が居れば、クラブを設立することができるとのことだ。そんな訳で、誰でもよいから、とにかく名前を貸してくれ、と。

みどりちゃんの家に、何回か泊まりに行ったことがあるが、いつもダンスで使う音楽がかかっていた。彼は、男女ペアの大会に出ていた。よく新横浜に練習に行くと言っていた。ああ、ここがみどりちゃんのフィールドだったのか。彼の家は大宮の先にあったので、練習に行く交通費だけでも相当な金額であっただろう。

ある日、彼のペアの順位が新聞に出ていた。7位であった。その新聞について、彼に聞いてみた。何組中7位だったの?と。すると、7組中7位だったと言う。それを受け、ふかふかは冗談で「なんだあ、大したことないな。俺が出て、何回転んでも7位になれるよ」と言った。そして、彼は諭すように「誰でも出れるなら、ふかふかの言うとおりなんだけど、あの大会は資格がないと出れないんだよ。そこを理解して欲しい」と言った。

結局、彼のスケートする姿は彼の家にある写真でしか観ることはなかった。みどりちゃんの言う通り、クラブの練習も、試合も、ミーティングも4年間、本当になかった。過去を振り返ると、せめて、一回、みんなでスケートに行けばよかったなと思う。

香る港 

2月1日(水)のことである。

PNGを後にし、香港に到着。行きに、下見したこともあり、香港の街には迷うことなく入ることができた。

PNGからのフライトも出発時刻が4時間も前倒しになったので、明るいうちに香港に到着。高速鉄道と地下鉄を乗り継ぎ、ホテルまで行く。

ホテルに荷物を置き、自宅にメールし、すぐにビクトリア・ピークに向かう。ビクトリア・ピークに向かうトラムは30分待ち。夜景を見に来る観光客は多いようである。

ビクトリア・ピークからの眺め。実は、期待していたほどでもなかった。空気が澄んでおらず、すこしもやっとしていたせいだろうか。ああ、これが良くテレビで観る眺めかあ、という感じであった。昔見た、函館や長崎の夜景の方が綺麗だったように思う。函館の夜景の宝石箱をひっくり返したようなというのは、まさにその通りであったと、見た当時は思ったものである。

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ビクトリア・ピークからの眺め

ビクトリア・ピークのお土産屋で、家族への土産を買い、再び30分ぐらい並んでトラムに乗って、下界に下る。下った後は、夕食を食べに、香港のファミレスと言われている翠華レストランに行く。

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翠華レストランのネオンサイン

沢山のメニューがあるが、フィッシュボール入りヌードルスープと紅茶を頼む。香港はトレーナーを着ていても寒かったので、温かいものを食べたかった。それにしても、紅茶のカップのデザインはなかなかキュートですな。思わず、僕なんかに照れなくても良いですよ、と声をかけたくなる。

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この日の夕食

香る港、と書いて、香港。字も美しく、イメージもいいし、活気に満ちている。また来て見たい街だ。今度は、もちろん、仕事抜きで。そして、泊まるのも九龍にあるペニンシュラホテルに。というのは夢のまた夢かな。

さようならPNG 

1月30日(月)のこと。

いつものようにPatiko村に行く。この日は出納簿のつけ方を教えた。

講義と言うか、説明の後半になると、なんだか周りが騒がしい。

講義が終わって、外に出ると、なんと送別会をやってくれると言う。

うう、ありがたいではないか。住民が約300人もふかふかのために集まってくれた。

こんな大多数に送り出される送別会は、これが最初で最後であろう。

治安が悪い、見た目が怖い、など、色々言われるPNGであるが、ふかふかの感想としては、純朴な人が多い。確かに、約束を守らない、時間にルーズ、すぐ休むなど、仕事する上では困ったことも多い。けど、ヘトヘトになっているときに、椰子の実をくれたり、バナナをくれたり、村を歩くときは必ずエスコートをつけてくれたりと、優しくしてもらったことも多い。

本当に感激した。PNG、特に、Patiko村のみなさん、どうもありがとうございました。またいつの日か、再びお会いましょう!さようなら、PNG!

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ぷかぷかの送別会

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老若男女、集まってくれた

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シンシン(民族ダンス)もしてくれた

混迷が続くPNG 

私が滞在しているPNGの地方都市は平穏であるが、今、首都の方はちょっと緊張状態にあるようだ。

昨年、ソマレ首相が約4か月ほど入院した。その入院中に議会が、首相が不在なのは問題なので、新しい首相を選ぼうということになり、これが議決され、昨年8月にオニール首相が誕生。しかし、ソマレ首相が退院して戻ってくると、席がない。ソマレ首相は訴える。昨年12月に裁判があり、議会の首相選定のプロセスは違法で、PNGの首相はソマレであるという判決が下された。しかし、オニール支持の多い議会では、この判決を不服として、議員の多数はオニールを支持しているので、首相はオニールであるとしている。

総督も最初は裁判の結果を支持していたが、その後、一転、議会の意向を支持するなど、見解があやふやである。それで現在、PNGは二人の首相が並立している状態となっており、どうなるのか見通しも立たない状況である。

オーストラリアのメディアなんぞは、合法だが人気のないソマレ首相、人気はあるが違法なオニール首相、混迷を極めるPNGという記事を出している。

今日はソマレ派の兵士が国軍司令官を軟禁するということもあったようだ。そろそろ帰国に近いので空港閉鎖だけは避けてほしい。

ちなみに、私が滞在している東セピック州はソマレ首相の出身地なので、ソマレ派が多い。ウェワクの街にはソマレハウスなるものが2軒ある。ソマレ色に染まれ!という感じの土地です。(←寒い日本を寒くしてしまってすみません)

Patiko村に行く道 

Patiki村に行く道は、Sepik Highwayと呼ばれているが、大通りから一本入った、うちのマンションの前の道と道幅は変わらない。

ただ、とてもダイナミックである。直線部分はあまりなく、左右にも、上下にも振られる。最初の頃は、車も飛ばすこともあり、宙返りのないジェットコースターに乗っているのと変わりなかった。最近はすっかり慣れてしまったが。

それと、大雨が降ると、川が氾濫し、たまに下の写真のように道が水没してしまう。こういう時は水位が引くまで待つか、勇気ある他の車が渡るのを確認するまで待つ。

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川の氾濫で道が水没

写真の時は、人が歩いて渡っていたのを見たので、運転手にゴーサインを出して、渡ってもらった。歩いた人の勇気に敬服。でも人が渡れると知っても、渡っている時は車内で内心ドキドキでした。

20回記念? 

先週の火曜日より、20回目のPNG渡航である。

ああ、20回。そんなに沢山来たのか。

一回の滞在が短いとは言え、2005年から年3回ぐらいきていればその位になるんだな。

これまで週2便あった直行便が、昨年9月に週1便に減ってしまったので、旅程を組むのが難しい。今回は香港経由しかなかった。香港では、待ち時間が約5時間もあったので、街に繰り出した。

いやあ香港の街は活気があること。2階建のトラム(路面電車)にも乗った。路面電車は高い建物の谷間を走る。
本当にどこもかしこも高いビルばかり。香港の人は、みんな高いところが好きなんだなあ。

このすごさを撮影しなくてはと思ったものの、肝心のデジカメはバッテリー切れ。残念。

さてさて、香港にもSuicaやPasmoと同じ、プリペイド式のカードがある。香港のは八達通(Octopus)という。日本と同じで、公共交通機関だけでなく、コンビニなどでも使える。なんでもOctopusは1997年に導入され、SuicaやPasmoよりも歴史があるとのことだ。

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香港での移動の強い味方、Octopus

そして、羽田で円から香港ドルに両替したが、受け取った香港ドルは、おもちゃのお札に見えた。

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おもちゃみたいだけど、おもちゃじゃない

帰りはフライトの関係で香港に一泊しなくてはならないので、おもちゃみたいな札とOctopusを持って、ビクトリアピークに行って名物の夜景を見て、香港の料理を楽しむことを企んでいる。(料理の方はお金がないので、庶民的な料理を。)

それは業務終了後の褒美として、PNGでの最後の業務を頑張ろう。

初出場! 

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日本に居る時の第三日曜日はこれにはまりそう!

先週、近所で毎月第三日曜日に、当日エントリー可能のマラソン大会が開催されていることを知ったので、昨日、その大会に行ってみた。鶴見川の右岸側を新横浜から下流の向かって走り、途中の折り返し地点で戻ってくるコースである。

1,500円を払って受付をすると、ゼッケンとバーコードをもらう。ゼッケンは永久番号で、この大会に参加する限り、ずっとその番号を使うことになる。もし、カズ(横浜FCの三浦知良選手)がこの大会に参加を希望しても、彼が望む11番のゼッケンは原則もらえないのである。次回以降の費用は1,000円。10回連続して参加したり、通算20回参加したりすれば、記念品ももらえるらしい。

ふかふかのゼッケンは9691番である。なんだか覚えにくい、苦しそうな、悔いの残りそうな番号だが、仕方ない。今年は厄年、期待はしないことである。それはともかく、今後もこの大会に出る限り、この番号と仲良く付き合って行かなくてはならないので、番号のことは気にしないようにしよう。

さて、この大会は、1km, 3km, 5km, 10km, 20kmの種目があるが、ふかふかは多分走れるであろう5kmに参加。種目によって、スタート時間が異なり、複数の種目に出場することも可能である。でも、初心者のふかふかには、複数の参加は危険である。すごい人は、1km, 5km, 20kmと一日に3種目も出るらしい。多分、1kmと5kmなら可能かもしれないが、5kmと20kmの参加は理想の世界である。そして、1kmの種目は子供の参加が多い。また、スタート地点から折り返し地点を見通すことができ、見た目はすぐそこまで行って帰ってくるという感じだ。これなら、うちの子供っちも参加できそうである。

さて、1kmの部が終わると5kmのスタートである。5kmの走者は約400人。スロースターターで後半に弱い自分は、当然、スタートラインのかなり後ろからスタートする。そして、ヨーイドン!ウォームアップを十分にしていなかったのか、足が重い。前の人たちを追い掛けながら、鶴見川を我が家に近いところまで下り、折り返しの2.5km地点、その後はヘトヘトになりながら、新横のゴールを目指す。でも、一人で走るのと違い、不思議と、5kmが短く感じた。

記録は30:01で、412人中338位である。なんだか、順位は高校時代の校内学力テストの結果みたいである。順位はともかく、完走できたことが嬉しい。次回参加する時は、29分代を目指そう。そして、今年中には10kmを走れるようになろう!

朝からとても健康的な一日でもあった。

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1kmの部(第3グループ)のスタート前の様子

凛とした空気 

ここ2日ばかりは、なぜか早起きをして、早めに出勤している。
それで早く帰れれば、自分も大したものなのだが、帰る時間がそう早くならないのが悲しい。

さてさて、この季節は、空気が凛としており、身がとても引き締まる。特に、早朝はなおさらである。
この身が引き締まるという感覚は、暑い国に出張に出てしまうとなかなか持つことができない。

と言っても、日本に居ると耐寒がつらく、暑い国の空気が恋しくなる。一方、暑い国に行くと、あの寒さが良いんだなあ、と言う始末である。

ほんと自分の感覚や思いは、いい加減なものである。来週から出張では、きっと、このつらい寒さが恋しくなるのだろう。

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日の出の頃の鶴見川(河口から10.5km付近)

まさか 

いやいや正月ボケが続いて、ブログの更新もさぼっていた。

あまりネタがないのであるが、今朝の新聞を見て、驚いたのが広島の刑務所から受刑者が脱走したことである。

PNGでは受刑者の脱走は良くあるので恐怖はあるものの、最近は驚かなくなったが、まさか現代の日本の刑務所で脱走を許してしまうなんて。外壁に工事の足場は常識的に考えても、脱走しやすい要因を作っているようなものである。そこの監視ができていないとは、重篤な問題である。

一刻も早く脱走した受刑者が捕まりますように。

あけましておめでとうございます 

新年あけましておめでとうございます。

今日は仕事初めで、仕事でした。正月ボケになっており、仕事モードになるのに時間がかかりそう。

こんな私は、スロースターターである。でも後半も弱い。(←良いところなし)

正月は両親と家族で箱根に行ってきた。箱根駅伝の往路を楽しみにしていたが、残念ながら東洋大の柏原選手の山登りを生で見ることができなかった。御殿場の近くの鮎沢パーキングエリアのテレビで、ラーメンを食べながら、彼の最後の走りを見ていた。いやあ、なんという軽快で美しい走りなのだろう。目の前で見たかった。今後も、彼の記録を破る人間は、そう簡単には出てこないであろう。

翌朝の山下りは小涌園付近で生で見た。まずは、東洋大学がやって来た。そして、5、6分後に早稲田が来た。東洋が去ってから早稲田が来るまでが長かった。そして、そこからは、短い時間間隔で、いろんな大学がやってきた。なんでも、前の日の柏原選手の走りが速すぎたため、10分差をつけられたのが13校もあり、8位以下は一斉スタートだったらしい。前日になんとか芦ノ湖にたどり着いた東京農大も、一斉スタートだったこともあり、復路では前の方を走っていた。

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前を走る東洋と早稲田を追う明治大の廣瀬選手

箱根駅伝はスポーツでもあり、ドラマでもあるから、近年はとても気になる正月のイベントである。特に今回は年末に2冊の本を読んだこともあり、すごく楽しみにしていた。

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新年早々、箱根駅伝の話で恐縮であるが、なんとか今年も自分の中の襷リレーで、全区間(12ヵ月)走りきりたいと思う。きっと、今年もうまく走れる時もあれば、そうでない時もあるだろう。仕事でもプライベートでも、今年はどんな一年になるのだろうか。厄年で、しかも大厄の本厄だからなあ。まあ、でも楽しいこともほんの少しはあることでしょう。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2011年最後のハイキング 

山に行きたかったが、準備不足のため、丘陵歩きとなった。

本日の行き先は、震生湖と渋沢丘陵。GWに行った権現山や弘法山と同じような人里に近く、標高もさほど高くない、山と言うよりは丘という感じのところを歩いてきた。

表丹沢の山々の眺望、長閑な農村風景などは良かったが、殆どが車道区間で交通量も多かったので、それが唯一好かない点であった。自分ひとりや大人だけだったら良いが、今回はチビドラも居たので、何回「車来たぞ!」と言わなければならなかっただろうか。

それを考えると、GWに行った権現山や弘法山の方に軍配はあがる。

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今回も弘法の清水で水汲みをしてから出発

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塔ノ岳方面を望む

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震生湖(関東大震災で土砂が崩れて川をせき止められて出来たとか)

記録の詳細は、http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-158580.htmlをご覧ください。

クリスマスのピアノ発表会 

昨日は、子供たちのクリスマスのピアノ発表会だった。

練習不足だったこともあり、自分が担当するハンドベルはうまくいかなかった。が、他の子供たちがカバーしてくれ、ミスは目立たなかったみたいだ。

それにしても、ピアノの音色も美しいが、ハンドベルの音色も美しい。聖なる鐘の音のようだった。今さらであるが、何か楽器を演奏できるって、本当に素晴らしいことだと思う。

さて、発表会の方は、ハンドベルだけでなく、サンタクロース役にも初挑戦した。サンタクロースの方は、衣装を着て、会場を回るだけなので、大した緊張はなかった。

今回も、とても良い経験をさせてもらった発表会であった。

自分はともかく、主役は子どもたちである。その子供たちのピアノの上達は、とても早いこと。子供の吸収力は本当にすごいと思った。自分が仮に、5年かけてピアノを習っても、あんなに上手くひけないと思う。

子供の努力もさることながら、その子供の能力をうまく引き出す、教え上手のピアノの先生に感謝です。

来年は今年できなかったピアノの連弾に再びチャレンジしたいが、果たして子供たちが自分を相手にしてくれるか?

束の間のシドニー 

帰りはフライトスケジュールの関係でシドニーに1泊することに。シドニーには、夜9時に到着して、翌朝の9時に出発する予定だった。滞在時間は12時間。ホテルで飯を食って寝るだけにするか、それとも寝る時間が少し短くなっても街に繰り出すか、迷った。

しかし、今後の予定を見てみても、シドニーに再び来る予定はない。ならば、シドニー訪問は大変貴重な機会となる。ホテルで寝て終わってしまうのはもったいない気がし、街に繰り出して、シドニーをちょっとでも楽しもうという気持ちになってきた。初めての訪問だったので、なんだかワクワクしてきた。

シドニーと言えば、オーストラリアの経済の中心都市であり、高橋尚子がオリンピックで金メダルをとったところであり、オペラハウスがあることぐらいしか知らない。街に繰り出すのは良いが、どこに行こうか?7高橋尚子がどの辺を走ったのか全く記憶していないし。結局、街の象徴であるオペラハウスとその背後に大きなアーチ橋が架かっている風景を見に行くことにした。夜であってもライトアップされていて、美しい夜景を見れるかもしれない。

そして、オペラハウスと橋がセットでよく見えるミセス・マッコリーズ・ポイント(Mrs. Macquaries Point)を目指した。その地名をカタカナで表現してしまうと、なんだかマッコリを飲んでいるおばさんがいる場所みたいだ。


夜景は美しかったが、さすがに普通のデジカメでは夜景を撮るのは難しい。写真を見る限り、なんとなくオペラハウスと橋があるね、という感じである。

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一応というレベルの夜景撮影

そして、写真を数枚撮り、少しボーッとして、ホテルに戻る。

ホテルに戻り、ビールを一本飲みながら、明日の予定を考える。すると、もしかしたら、明るい時間帯、しかも早朝なんか、同じ場所の景色も違って見えるかもしれないという思いがどこからか湧いてきた。

そして、翌朝、5時起きで、再び同じところに行ってみた。そして、散歩がてら、オペラハウスの方まで歩いてみた。

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翌朝の風景。どんよりとした天気で残念。

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海沿いの遊歩道は植物園の外延部分と重なり緑も楽しめる

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オペラハウスの近景

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オペラハウスのイベント案内は作品みたいだ

ガイドブックを見ると、シドニーには他にも楽しめそうなところが多々ありそうである。ハーバーブリッジのアーチにも登るツアーもあるみたいで、面白そうである。是非、また来てみたい街である。今度は観光目的でもっとゆっくり滞在したいものである。

そう来ましたか 

PNGの出張も残すは帰国だけとなった。直行便じゃないので、東京までは遠い道のりである。

さてさて、幹事会社の人たちはすでに帰国してしまったので、幹事会社より預かった資金でレンタカーの精算をすることになった。。「計算間違いがたまにあるので、気をつけて書類を見てください」と引き継ぎメモに書かれていたので、注意深く計算を追っていた。

注意深く見て良かった。間違いがあった。

その間違のひとつが、8:30から14:00まで車を使ったのだが、利用時間が6時間10分となっていた点である。

レンタカー会社に行き、8:30から9:00まで30分、9:00から14:00までは5時間だから、5時間30分だと指摘した。

すると、レンタカー会社の女性スタッフは、堂々とうちの会社の計算はこうなっていると反論してくる。
14から8.3をひくと、5.7つまり、5時間と70分である、70分は1時間10分なので、これに5時間を足すと、6時間10分であるという。

そう来ましたか。なるほど、6時間10分の導き方はそうなっていた訳ですな、と腑に落ちた。だからと言って、こちらは、そのルールに従って、払うわけにもいかないので、反論する。

「60分が1時間ですよね。だと、30分が0.5時間ですよね。だから、8.3を14から引くのではなく、8.5を引くのだと思いますけど。すると、引き算の結果は5.5で、0.5時間は30分だから、5時間30分になりますよね。じゃあ、別の方法で説明しましょう。8時30分からじゃなくて、8時からとしましょう。すると、8時から14時までは、6時間ですよね」

すると、説明の途中で、彼女はこれまた凄い回答をしてきた。

「わかった。6時間に30分足すんでしょ」

(なんで、足すの???)

「ちがう、実際は8時30分からだから、8時から8時30分の間の30分を引くんでしょ」

理解してくれたのかどうかわからないが、
「そうだそうだ。じゃあ、あなたが言った通りに計算をし直してくる」と、彼女は引きさがった。

こちらが損することはなかったが、それにしても、彼女の計算はすごかった。

こちらの人は人が良いから、別れる時は、「計算の仕方を教えてくれて、どうもありがとう」と言っていた。

PNGらしいと言えば、それまでなのだが、どっと疲れた精算であった。

村の若者とPagwiに行く 

Patiko村の若者たちとPagwiという村に行ってきた。

昨日、いつものようにPatiko村に行くと、若者たちは予定通りに水道栓の工事をほぼ終えようとしていた。
若者の一人が「Mr. ぷかぷか、リクエストがある。今日は朝6時から頑張って工事を行ったので、是非、Pagwiに連れて行って欲しい」と言ってくる。(私の発音が悪いのも一因だろうが、こちらの人は私のことをPukapukaと呼ぶ。)朝6時からというのは本当かどうかわからないが、頑張っているのは確かなので、一緒にPagwiに行くことにした。

さて、パプアニューギニアはニューギニア島の東半分とその他のいくつかの島から構成されている。ニューギニア島の西半分はインドネシア領である。その国境は東経141度のところにある。そして、ニューギニア島は、グリーンランドに次ぐ世界で二番目に大きな島である。

その島のパプアニューギニア領内には2つの大きな河が流れている。Fly河とSepik河である。Fly河は島の南を、Sepik河は島の北を流れる。両河とも、規模は同じくらいで、流域面積が約80,000km2、長さ約1,000kmである。厳密にはややSepik河の方が大きく、雨量の影響もあり、平均流量についてはFly河の方が多いようである。島の河川ということもあり、規模からすれば、アマゾン、ナイル、黄河、長江など世界の名だたる河に比べれば小さいが、日本の川に比べると、流域面積は日本最大の利根川の約5倍、長さは日本最長の信濃川の約3倍と、大きい。そして、何よりもこのFly河とSepik河は、ダムがないのはもちろんのこと、その他の河川構造物も殆どない、まさに手つかずの河なのである。

Pagwiは、Sepik河のほとりに位置する村である。

Pagwiから上流に向かってボートで4時間ぐらいのところに割かし大きな村があるらしい。この村は他の町村と道路でつながっておらず、この村に行くには車では無理で、徒歩か船で行くしかないとのこと。それを想像すると、Sepik河は懐が深いことが分かる。

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ボートへの荷積み。上流に4時間ほど行った村に行くらしい。

村の若者たちと一緒に来るのはまたとない機会なので、記念撮影することにした。

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村の若者たちとSepik河を背に記念撮影

さて練習だ 

帰国後に、子供たちが通うピアノ教室のクリスマス会が開催される。

今年は「きよしこの夜(Silent Night)」の曲に合わせてハンドベルに挑戦することになった。インドネシアの帰国後に一回だけ、家族総出でピアノ教室に行き、先生にハンドベルを教えてもらったが難しかった。

今日、家に電話したら、ちゃんと練習しているのかとチェックが入り、ようやく重たい腰をあげた。ハンドベルがないので、右手にボールペン、左にシャーペンを持って、イメージトレーニングするしかない。

さて、今日から毎晩練習しよう。できるかな?

19回目か 

報告が遅くなったが、11/21よりPNGに来ている。

よく数えてみると、今回がなんとPNGへの19回目の渡航である。そうか、もうそんなに来ているのか。

確かに2005年から前フェーズが始まっているから、1999年に会社入って約半分の期間、PNGとかかわっていることになる。

そのくせ、いまだに現地語のピジン語が話せない。しかも、20ぐらいあるうちの州の4州ぐらいしか知らない。しかも先週、あらたに2つの州ができたらしい。

よく来ている割にはよく分かっていない国、それがパプアニューギニアである。

さて、このプロジェクトも終盤戦である。残された期間で、この国の空気にどっぷり浸かろうと思う。