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2006年ふかふか10大イベント(暫定)
1位.長男誕生。(12月)←予定です。 2位.家族全員がインドネシアの生活を満喫。(4月) 3位.娘が補助なしで自転車に乗れるようになる。(7月) 4位.念願の新車SIENTA購入。(7月) 5位.パプアニューギニアの方々が我が家に来る。(10月) 6位.生まれて初めてパラオの地を踏む。(5月) 7位.スキューバダイビングのライセンスを取得。(6月) 8位.TOEICのスコアが7年ぶりに上昇。(11月) 9位.ブログ(ふかふかふとん)を開設(8月) 10位.技術士試験初受験不合格(8月) 今日は仕事納めでした。 |
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「風に舞いあがるビニールシート(森絵都著)」を読んだ。
短編小説集の一部であり、「風に舞いあがるビニールシート」は6つあるうちの最後の短編小説である。実は一冊丸ごとこのタイトルのものかと思っていた。 しかし、他の短編小説も「風に舞いあがるビニールシート」に劣らぬ内容であった。ケーキ屋職人の話、大学(夜間)の文学部の学生の話、仏を修復する職人の話、クレーム処理にあたる若手社員の話など、話の内容も様々な分野に亘る。 「風に舞いあがるビニールシート」は、国連難民高等弁務官事務所で働く夫婦の話である。夫は米国人で、フィールド(現場)志向で殆ど日本に居ない、アフガニスタン、コンゴなどの戦闘地域で難民の救済にあたる。一方、日本人の妻は国連機関の東京事務所で広報担当として働き、夫のフィールド志向をわかってはいるものの、一日でも良いから夫には日本に居てもらい家庭を二人で築いていきたいという願望を持つ。そして、子供も欲しいと願う。 夫は子供をつくる余裕があるなら、一人でも多くの弱者を救いたいという気持ちが強く、夫婦の価値観が少しずつズレていく。そして、二人は離婚する。その直後に、アフガニスタンで撃たれ死ぬ。離婚したと言え、やはり愛していたのだろう。毎晩が悲しみの涙を流す日々であった。そして、共同通信の記者から、どのように撃たれ死ぬかを教えられる。夫は暴行を加えられそうになった少女をかばったのだった。 妻の方は上司からアフガニスタンへの転勤について打診を受け、回答に窮していたいが、夫の最後を知ることにより、その打診を受け入れる。 それにしても、現地での弱者の一人一人を救う仕事が、風に舞い上がったビニールシートを取ろうという作業に似ている表現がある。本当に的を得ている表現だと思った。渾身の力で舞い上がったビニールシートを取ろうという姿、それでも取れないシートもあることは、まさにできる限りのことを尽くしても、全員の命を救うことはできないという無念さを暗示しているかのようだ。 |
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神奈川県民になって約7年経つ。しかし、今朝、駅で生まれて初めて神奈川新聞を買った。いつもと違い今日の駅の売店では神奈川新聞の束が高く上に伸び、目立っていた。売れていない証拠かもしれないが、私に読んでくれと叫んでいるようだったので、思わず買ってしまった。さすが、ローカル紙である。読売新聞よりも30円安い、100円である。
一面は、横浜市の首長の多選禁止条例を巡る記事である。そして、横浜港郵便局でスタンバイしている赤い自転車の写真などもある。これほど神奈川について詳しい情報はないと思った。 その他のページも非常にローカル。横須賀、小田原、厚木、などなど県内各地のイベント情報、ニュースが満載である。 カレーミュージアムの閉館の話も。これは実は全国紙にも少しだけ載っている模様。 また気が向いたら読んでみよう。頑張れ、神奈川新聞。 |
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昨日より久々に出社した。久々といっても、約2週間ぶりである。12月初旬に帰国者が相次ぎ、部内はにぎやかである。
こどもの方はまだ生まれてくる気配はなく、暖冬とは言え、寒い空気に触れたくないのか母親のお腹の方が快適であると言っているような気がする。 どうも日本に戻ると、ブログに割ける時間が少なくなり、間隔が空いてしまう。無理しない程度に続けていこうと思う。現在、今年のベスト10を考えているが、ベスト1が決まらないので、こちらもブログで紹介できない。まあ今年も10日強あるので、のんびり考えよう。 |
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今回の滞在中に、先日紹介した「敵手」に加え、さらに2冊の本を読んだ。
(1)「人生ノート(美輪明宏著)」
まずは「敵手」と一緒に港北区の図書館で借りた「人生ノート(美輪明宏著)」である。美輪さんと言えば、オーラの泉である。江原さんのスピリチュアル系の本は親類の紹介もあり、たまに読むのだが、美輪さんの本はその存在すら知らなかった。江原さんの場合、キーワードは自分で播いた種は自分で刈り取らなくてはならないという「カルマの法則」であるが、美輪さんは「正負の法則」である。正負の法則の身近な例は「人間、苦もありゃ、楽もある」。言われてみれば当たり前なのだが、苦しい時も楽しい時もその法則を意識しなくなっている人が多いのかもしれない。自分も含めて。 (2)「メリーゴーランド(荻原浩著)」
荻原浩さんは、8月頃に紹介した「神様からひと言」の著者であり、メリーゴーランドも多くの笑いを期待しながら読んだ。が、そんな期待は簡単に裏切られた。メリーゴーランドにも、笑いもあるにはあったが、切なさの方が多く残った。 駒谷市(架空の自治体)の職員であるの主人公の遠野啓一が市営の遊園地(駒谷アテネ村)の再建を任され、仕事をやっているうちに再建に使命感を覚えてきた。頭の固いアテネ村の理事たちにくだないことで邪魔されながらも、啓一は自身のアイデアと仲間の協力を得ながら経営を改善していく。しかし、選挙で市長が変わり、経営が改善されつつあるアテネ村が閉鎖に追い込まれる。アテネ村を閉鎖するのが新市長の選挙時の公約だったためだ。 アテネ村が取り壊される直前のある晩に、啓一がアテネ村再建のためによその遊園地からもらってきたメリーゴーランドに家族と乗る。メリーゴーランドは街の夜景を見下ろせる丘の上にあり、夜のデートスポットとする予定だった。啓一は、そんな自身の企画を実現できなかったやりきれなさを、子どもたちと楽しむことによって紛らわすところで物語は終わる。 印象的だったのは、メリーゴーランドに乗って見る夜景に対する啓一の表現である。 (ちっぽけな街だと思っていたが、こうして見ると広くて、大きな灯だった。冷ややかで、温かくて、少し哀しくて、そしていとおしい灯だ。) そして、私の読後感も、啓一が見た夜景のようだった。一方で、タイミングが良かったのか悪かったのか、これも「正負の法則」なのかもしれないと、やや場違いなことも頭によぎった。 |
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おとといの夜、変な夢を見た。現在のPNGのチームメンバー全員が、私が昔住んでいた米国の小さな町に視察旅行に行くという話である。それ自体が既に変な話なのだが。
そして、私はチームメンバーが食事中の間に、私が以前住んでいたアパートの周辺を歩く。アパート周辺はとても手入れの行き届いた緑の芝の美しい丘の上に立つ閑静なところなのである。しかし、私が久しぶりに歩いてみると、私が住んでいたアパートの周辺がなんと日本人街になっており、日本人がごった返していた。私が住んでいた棟がなんと鉄道模型屋さんが経営する安宿になっており、小さなキラキラしたバックを振り回し、かったるそうな顔をしているヤンキー姉ちゃんが宿を出入りしている。私の友達が住んでいた棟(今も彼は住んでいるらしい)はプラモデル屋になっていた。そして、私が住んでいた棟の裏通りの筋向いには何と日本食屋になっており、チームメンバーはそこでカツカレーを食べていた。 チームメンバーは、PNGのプロジェクトについて色々と愚痴を言っていたが、私はなぜか私のアパートの周辺の変わりように文句を言っていた。「市の景観部局のマネージャーにこの街の変わりように文句を言いたい。もともとあそこの土地利用は宅地のはずだ、あんな商業利用があんなところで許されてはならない。この街も終わりだあ。」と、カレーを黙々と食べる他のメンバーたちの前で訴えていた。そして、メンバーの反応が返ってくる前に目が覚めた。 夢から覚め、夢であったことにほっとした。それにしても、あれは予知夢だったのだろうか。あのアパートが取り壊されることになったとか。 |
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「敵手」(降旗学著)を読んでみた。
横浜高校野球部がどうやって今日のように強くなっていったのかという話で、渡辺元智監督と小倉清一郎野球部長の足跡でもある。当然、愛甲や松坂のことも触れている。小倉部長が松坂を初めて見た時の話が興味深い。小倉部長が江戸川南シニアに出向き、有力選手を探していた時の話しである。野球少年だった頃の松坂大輔の話である。以下引用。 「それよりよ、監督さん。向こうでピッチング練習しているあの子だけどよ、何なんだい、ありゃ」 「ああ、あれか。気になるかい」 小倉に促され、大技(江戸川南シニア監督)もブルペンを見やった。小倉には、とてもピッチャーをやる選手には見えなかった。身長もさほど高くない。ころころとしていて、まるで漫画のアンパンマンみたいだった。どちらかといえば、キャッチャー向きの体型だ。それ以上に小倉を呆れさせたのは、とても名門チームの投手とは思えないフォームの悪さだった。 「気になるもならねえも、滅茶苦茶な投げ方をしているなと思ってよ。よくあんなのにピッチャーさせているな、何年生だい」 「中学一年生だよ。ああ見えて、リトルの全国優勝を経験しているんだ。中一にしちゃいい球を放るんだた、ご覧のとおりでね。地肩の強さだけで放っている。バッティングは申し分ないから外野手に転向させたいと思っているんだが、なかなか頑固なやつでね。ピッチャーじゃなきゃ野球を辞めると言い張るんだ。」 「へえ、一丁前に心臓だけは強そうだね。名前は何てんだい」 「松坂だ、松坂大輔」 本では、その後、渡辺監督と小倉部長が松坂を怪物に育てていく話、松坂が2年生の夏に県大会で大暴投し予選落ちする話、翌夏のPL学園と延長17回まで闘い春夏連覇を成し遂げた話もある。が、本では、渡辺監督の少年時代の話、そして彼が監督になってから小倉部長とどのように野球部を強くしていったのかという話に筆の力が入っている。 実は、この本はちょっとだけプレミアがついており、古本でも定価(1,600円)より高い値(1,986円)がついている。そのため、なかなか本屋でも、ブックオフでも見つけることができない。しかし、さすがは横高ファンの多い横浜市である。横浜市立図書館には5・6冊の蔵書がある。ということで、図書館で借りたものを読んだ。 あとは、この本を失くさぬよう、大事に図書館にお返しするのみである。 |
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我々がPNGでお世話になっているコミュニティ開発省のスタッフにTさんという方がいる。
今年2月、Tさんは研修のため隣国のインドネシアに行った。彼にとって初めての海外であったため、パスポートをつくることになった。その発行手続きの際、彼に誕生日を聞いたところ、なんとなんと「わからない」との回答があった。「わからない」って、どういうこと?冗談ではなく、Tさん自身、何年何月何日に生まれたか、本当に知らないらしい。 年齢は自分が小学校に通い始めた年齢を基準に推定しているらしい。だから、Tさんは「自分はたぶん●●歳だと思う。」という言い方をする。実際の年齢もわからないのだから、小学校に通うのにも、日本のように5歳だから小学校に行きなさいというような年齢による判断はできない。周囲の人間が、体格や言葉の発達度合などから経験的に判断しているのであろう。 今後もTさんの本当の誕生日がわかることはないが、Tさんは自分の誕生日を1月1日にしたらしい。 |
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PNGに到着した日、空港の税関手前の銀行でUSドルをPNGキナに換えた。そして、同日、同じプロジェクトのメンバーに借金をしていたことを思い出し、空港のチェックインカウンター前の銀行でもさらにUSドルをPNGキナに換えた。
夜、ホテルの部屋に戻り、ニューギニアコーヒーを飲みながら2つの領収書を見比べてみると、換金レートがあまりにも違いすぎることに気付いた。どうやら、税関手前の銀行では、USDドルではなくオーストラリアドルのレートを掛けていたようである。その結果、約4,000円、私が損していることがわかった。家計が苦しいこともあり、これを見逃す訳にはいかない。 翌朝、税関手前の銀行は入れないので、チェックインカウンター前の銀行に、税関手前の銀行が間違えたレートを掛けていることを伝えた。たまたま2つの銀行は同じ銀行であった。そして、チェックインカウンター前の銀行の銀行員が、税関手前の銀行は午後にならないと開かないので、午後に再度来て欲しいと言われた。 その日の午後は用事があったので行けず、その翌日つまり今日、再度チェックインカウンター前の銀行に足を運んだ。「今更、差額を返還できない。」と言われることを想定し、交渉態勢で臨んだ。しかし、なんと予想に反して、既に差額が用意されていた。そして、約4,000円があっさり返金されたのだった。 感想?勿論嬉しかった。この一面だけで捉えるのは問題かもしれないが、この国が益々好きになってしまった。これまでのところ、この国とは相性がぴったり合っている。まさにI Love PNGである。今日はとてもHappyな一日であった。 |
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昨日またまたPNGに戻ってきた。
2ヶ月ぶりなので、あまり久しぶりという感じはなかった。目に入る景色のどれもが、つい昨日見たような景色であった。迎えに来たドライバーWさんも同じで、ホテルの部屋のタイプも同じ。 しかし、目に見える景色は変わらなくても、この2ヶ月間でプロジェクトの方はいろいろな動きがあったようだ。予算支払いの不明朗により我々の支援者でもあり私が自宅にもお招きした副市長が職務停止処分を受けてしまったこと、我々が滞在しているホテルのフロントで強盗集団対警察官の銃撃戦があったこと、事業がうまく進んでいたコミュニティで土地所有者が住民たちを追い払ってしまったこと、プロジェクトで雇っていたバイトのBさんが突然公務員試験に合格し同じ建物にはいるものの違う立場になってしまったことなどなど。 いろいろあるようだが、今回の滞在はたったの10日間しかない。契約上、今回の滞在が最後になるので、PNGの生活を十分に満喫して帰国したいものである。 |
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