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現在、アメリカのルイジアナ州政府やニューオリンズ市と面談のアポを取ろうとしているが、なかなか進まない。
アメリカ側にしてみれば、日本人に復興事業について説明したところで、何の得にもならないのだろう。 明日から2月になってしまう。2月前半に渡航できるようアポが取れればいいと思っていたが、どうも更に遅れそうな見込み。 しかも、2月20日にはニューオリンズでマルディグラというカーニバルのようなものがあるため、調査はおろか泊まるとこすらないという状況になりかねない。そんなこともあり、どうも渡米は2月後半か3月前半になりそうである。 ところで、ニューオリンズのマルディグラについては、実はこれまで殆ど知らなかった。 私の知っているニューオリンズはいつも音楽が流れ、活気に満ちており、毎日がお祭りの街のように感じていた。そんなお祭りの街にリオのカーニバルと同じような大きさのカーニバルが毎年開催されていたとは。 マルディグラの2月か。 |
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娘も一人前にしゃべるようになり、最近、いろいろと質問してくることが多くなった。そして、正確に答えられないものも多くなってきている。
最初は簡単であった。 「渋谷のハチはパパが子供の時にはまだ生きていたの?」 「モーツアルトはパパが子供の時にはまだ生きていたの?」 しかし、「パパ」が「ひいじいちゃん」に取って代わった途端に、質問の難易度が急激にアップした。 「渋谷のハチはひいじいちゃんが子供の時にはまだ生きていたの?」 「モーツアルトはひいじいちゃんが子供の時にはまだ生きていたの?」 渋谷のハチは昭和初期ぐらいだったような、いやもっと前だろうか。モーツアルトは何年前の話だろうか。 結局、これらは「ちょっと、パパに調べさせて」と、私の宿題になってしまった。しかし、特別に何かを知りたいと思った時に限って、Wikipediaの調子が悪い。 |
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一昨日、会社の近くで、高校時代の部活の友人Y・Y君を見かけ、久々に話した。忙しいようで、やせ細っていた。彼に会ったのは4年ぶりぐらいであろうか。4年とは、本当に久しぶりである。
そして、今日、東横線の通勤特急で中学時代の友人のH・T君のような人が同じ車輌に居た。中学は京王線沿線なので、最初は違う人かなと思っていた。しかし、その人の顔を遠目にじっと見て、あごの下にやや大きめのほくろを見つけ、だんだんと確信に変わって来た。そして、その人は中目黒で降りたので、自分も降りてその人に声を掛けてみた。すると、本人だった。中学校の学区域とは全く異なる場所で、約15年ぶりの再会である。もっともっと久しぶりである。 彼は神谷町に出勤する途中で、私には時間があったので、遠回りをして彼と話ながら銀座経由で出勤した。よく聞くと、彼も横浜市民になり、一男一女の父ということで、奥様も九州の方ということで、どうも似たような境遇らしい。今度近いうちに飲みに行きたいと思い、連絡先を教えてもらった。 日吉で通勤特急に乗り換えたのが大正解でもあった。そして、もっと正解だったのは中目黒で友人に声を掛けたことである。 今日はあと11時間ぐらい残されており、何が起こるかわからないが、素晴らしい一日であった。 |
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テレビでも放映されていたが、佐賀のがばいばあちゃんシリーズを一機に読んだ。
とても平易な言葉で書かれており、読みやすかった。2時間で1冊、6時間で3冊読める。そして、何と言っても、ばあちゃんが面白かった。面白い場面、ばあちゃんの名言は沢山あるが、一例として以下の話を紹介したい。 小学生の主人公が「ばあちゃん、俺、剣道やりたい」と、ばあちゃんに許可を得る。「好きにするがよか」とばあちゃんは答える。「じゃあ、明日、先生にどんな用具を買えば良いのか聞いてくる」と主人公は言うと、ばあちゃんは先程の言葉をあっさりと撤回してしまう。「用具が必要なのか。じゃあやめろ。うちには買う金がなかけん」と。主人公は不満げに「えーっ。何か運動したいよー」と言うと、テンポの良い、ばあちゃんは「じゃあ、走れ。あれは金が掛からんから良い。靴を履くと磨り減るから、はだしで走れ」と、すぐに答えるのであった。 物質的には貧しい暮らしであるが、ばあちゃんはいつも明るく元気に生活を送っている。物はなくても、豊かな心で満たされているばあちゃんだ。 今思えば、うちのばあちゃんもいつも笑顔だった。そして、豪快であった。山でマムシを叩き殺し、そのマムシをチャンピオンベルトのように肩に掛けて山から下りてくるのであった。普通の女性なら「キャー、マムシ」と叫ぶのだろうが、うちのばあちゃんはそんなことは言いもしないし、思いもしないだろう。むしろ、「おっマムシだ、しめしめ」と思っていたことだろう。 本を読み、そして今は亡きばあちゃんのことを思い、年末・年始は、ばあちゃんパワーに敬服した。
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次回の出張のために、先週、訪問予定の機関にファックスをしたのだが、全く返事がない。
そこで、昨日、一緒に仕事をしている技師長から「ふかふかく〜ん」とお呼びがかかった。「関係機関に電話してくれないかな〜」と。 現地と日本との間には15時間の時差があるため、日本時間の午後11時から電話をかけることになった。日本の午後11時は現地の午前8時である。無事済めば終電で帰れるだろうと。が、現地のビジネスは午前9時からとのことで、午前0時に電話を掛け始める。 結果、やはり無事には終らなかった。たらい回しに合い、もう一度ファックスを送付して欲しいと言われ、ちゃんと届いているかどうかファックスし終わった後に電話で確認したり、技師長への報告のメールを打ったりで、落ち着いたのが午前2時。終電はおろか、渋谷駅から自宅に近いバスの営業所まで走る深夜急行バスも逃してしまった。 ということで、久々に会社で朝を迎えることになった。疲れたな〜。明日の夜も確認の電話を入れるために、この時間に会社にいないと。 |
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ブログの更新がなかなか進まない日々が続いている。やはり、ブログを作成する時間を日本で確保することは難しい。やはり手元に常時、ネットに接続できるようなパソコンを持ち歩いているわけではないからだろうか。
さて、年末から年始にいくつか本を読んでみた。本日はその第1冊目を紹介したい。図書館で借りた本なので古い推理小説だが、「棟居刑事の断罪(森村誠一著)」である。
この本で面白くないのは犯人がすぐに分かってしまう点だが、その反面、犯人の心理描写と刑事の犯人への接近の描写は面白かった。 そして、もっと面白かったのは、102ページから始まる、犯人(主婦:瀬川絵里子)とこの時点では犯行を知らない旦那(瀬川)の夫婦の会話である。このページの描写を読み、世間一般の新婚夫婦って、本当にこんな会話を交わしているのだろうかと思った。 それでは、ちょっと102ページに戻ってみたい。以下、引用。 しかし、それでは運命共同体とは言えないかもしれない。それでも自分(絵里子)が抱え込んだ危険性を夫に分けてはならない。 「ほら、また何か考え込んでいるじゃないか」 瀬川に言われて、絵里子ははっと我に返った。 「ちがうのよ。あなたと一緒にいる幸せにうっとりしていたのよ」 「きみにそう言われると嬉しいよ。このごろ友人からよく冷やかされるんだ」 「どんな風に」 「新婚ほやほやの湯気が立つと言うけれど、きみには幸福のオーラが発しているとね」 「湯気ではなくオーラだなんて、凄いわ」 「そうだよ。きみがそのオーラの光源なんだよ」 「二人が一緒になってオーラの光源になっているのよ」 「ぼくはどんなことがあってもきみを離さないよ」 「離れろと言われても離れないわ」 「その言葉をもう一度言ってくれ」 こんな会話の間に、夫婦の抱擁に移っていく。 瀬川の「その言葉をもう一度言ってくれ」と言う表現が、笑いに堪えていた私をくすぐるのであった。 全体として面白い推理小説である。これまでに読んだ森村誠一氏の推理小説はいまのところ全て面白かった。 |
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去る1月6日にそば屋さんの店主が刺し殺されるという事件が横浜市内であった。私にとっては、渋谷の歯医者さんの兄妹の事件よりも気になっていた。
というのは、実はそのそば屋さんは以前住んでいた家の近所なのである。TVの映像を見た時は大変驚いた。 さらに驚いたのは、犯人のこと。なんと犯人は私の現在の住まいの近所に住んでいたのだ。しかも、私が娘を連れて遊びに行く公園のすぐ近くに。私はこの情報を知り、ゾッとした。 ちなみに、犯行の動機は、犯人の奥さんがそば屋の店主とつきあっていたらしく、店主を殺せば家庭に幸せが戻ってくると思ったためということらしい。私は殺人を犯せば幸せはもっと遠のくと思うが、そのように考えられないほどの精神状態だったのであろうか。 新年早々の物騒な事件であり、一日も早く住民たちの安心感が回復して欲しいものである。 |
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明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
さて、昨日(1月5日)、我が家に二子が誕生しました。元気な男の子です。3,555gと、私に似てやや重めです。 ![]() どんな感じに成長していくのか、大変楽しみです。私にとっても、妻にとっても、娘にとっても、新年とともに新しい生活がスタートしました。 今後とも皆様のご指導を頂きますようよろしくお願い致します。 |
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