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午後4時から東神奈川の治療院に行ってきた。
あごのつけねがガクガクとしており、前から気になっていたのだが、ようやく時間が取れたので行くことができた。 その治療院はパプアニューギニアの出張でお世話になった方が紹介してくれたところで、その方も背中の痛みがその治療院に行ったらコロッと直ってしまったらしい。そんな話を聞いたものだから、今日はどんな感じに自分が変わるのだろうと朝から通院をとても楽しみにしていた。 治療では、先生はさするかさすらないかぐらいのタッチで、背中、腰、もも、足、腕、あごのあたりを触るくらい。結果、どうも普段から余計な力が入っている姿勢を保っており、座るときも上半身を背骨でなく、おなかで支えており、背中が張っているようだ。このまま放っておくと腰痛になるとの診断だった。 またアゴの方もいつもアゴを引き、顔と頭が下がりがちなので、頭の加重がアゴにもかかって、それでアゴがガクガクするようになってしまったようだ。 先生の言われたとおりの姿勢を保つと、たしかに腰が軽くなった。アゴのガクガクも完全ではないが、大分良くなった。あのような軽いタッチでの治療にもかかわらず大きな変化があったことに、びっくりしてしまった。 今後は、もっと顔を上げて、胸を張るような意識で、姿勢を保つと良いみたいだ。やはり色んな面の自信の無さが、姿勢にも出てしまったのだろう。 これからは胸を張って歩こう。 |
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会社にスキャナ機能が付いているカラーコピー機がある。この機械でスキャンすると、Webにスキャンしたデータが送られ、自分のパソコンで指定されたWebページにアクセスしてデータをダウンロードする仕組みになっている。
その機械には、スキャンしたデータを自動的に自分のEメールアドレスに送ってくれる機能も付いていることに気づいた。それは2ヶ月ぐらい前のこと。そして、私の同僚の3名の名前がすでに登録されていた。同じ部署のI・Yくんと先輩のM・Kさん、それから隣の部署の先輩のH田さんの名が。 「おっ、さすがは効率化を考えている人たちだ。ここはひとつ、おいらもやってみよう」と。私も名前とメールアドレス等を登録して、効率化を達成する瞬間を目の前にした。そして、ついに「蓄積+送信」というボタンを押した。「蓄積+送信」はまずスキャンして(蓄積)、これを自分のEメールアドレスに(送信)するという意味だ。 しかし、期待を裏切りエラーメッセージが出てきた。そうこうしているうちに15分が経過してしまった。しかも、自分より前に登録した人たちは出張中で聞けない。結局、あきらめることに。最悪なことには、登録した名前も消せない。 それから2ヶ月が経過した今日の午後、先輩のM・Kさんが、私に「ねえねえ、スキャンしたデータを送信できる?」と聞いてきた。私は「やろうと思ったけど、挫折しました」と答えた。「あっ、ふかふかくんもそうなんだ」と。そして聞くところによると、同期のI・Yくんも隣の部署の先輩のH田さんもできなかったらしい。 こうして、カラーコピー機の画面の下側には、今日も作業の効率化に挫折した4人の名が連なる。次の挫折者は誰か。 |
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台湾人の友達からバスケットボールの全米大学選手権の結果を教えるメールがあった。そして、その友達は2月に日本に来たというので、そのときの写真も一緒に送られてきた。それは日本の美しいふるさとの写真だった。日本人でもなかなか見れない、贅沢な景色である。たまにはのんびりとローカル線で日本を旅したいものである。いい日旅立ち。
でも今は桜の開花を待つ春モードなので、雪景色の旅は来年の楽しみにしよう。 ![]() ![]() |
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クライマーズハイを読んだ。
自分の中学時代、高校時代、飛んで、現在の社会人生活と重ね合わせながら読んだ。自分と重ね合わせることのできる部分が多かったためか、久々に乗り込めた本であった。月曜日の仕事帰りのこと。普段は麹町から地下鉄有楽町線に乗り、永田町で一端降りるのだが、その日はいきなり本の世界に引き込まれ、気づいたら永田町の2つ先の有楽町であった。 主人公の記者生命を大きく変えることになった1985年の日航機墜落事故。中学2年生の私にも、あの事故は衝撃的であった。そして、高校1年生の夏、私は仲間たちと谷川岳に挑んだが、天候不順でその頂を踏めなかった。JR土合駅の長い階段、国道沿いの大きな慰霊碑、天候が急変した時の山の恐さ、など、あの頃の記憶が蘇ってくる。そして、職業は違えど、多くの情報を集めて、それを噛み砕き、原稿をつくるという点では新聞記者とも似ている。 本では群馬の地方新聞記者の悠木の公私にわたる格闘ぶりを綴る。元々は部下も持たない遊軍記者であった彼は、日航機墜落事故を機に、同事故の全権デスクを任された。 事故当日、彼は同じ新聞社の友人、安西と谷川岳の岩壁に挑むことになっていた。しかし、悠木は大きな仕事が入り、待ち合わせの電車には乗れなかった。当日、安西も不慮の事故で倒れ、植物状態となってしまった。 仕事では、新聞社内の古株に彼の部下の渾身の記事が潰される。共同通信の情報だけで紙面を構成し、地方新聞のメリットも活かせなくなっている社内体質に異を唱えるが、上からも横からも槍が入る。そんな中、事故の遺族が新聞社に立ち寄り、悠木の中で紙面づくりのゆらぎない方針が確立する。遺族は事故の詳細を知りたいのであり、詳報を伝えることが地方新聞の大きな使命であると。 一方で、一緒に岩壁に挑む予定だった安西が言った「クライマーズ・ハイ」「山は下りるために登る」の意味するところも、ふとした瞬間に考えていく。 悠木の、他人に流されず、嫌なことからも頭を切り替え、自分の気持ちに偽ることなく生きていく姿が印象的であった。そして久々にハイキング程度でも良いから山に登りたくなってきた。 |
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今日は娘の通うS郷幼稚園で卒園式があった。
娘はまだ年中なので、来年卒園する予定だが、家内が幼稚園の役員なので幼稚園に手伝いに行く必要があった。私も一緒に幼稚園に行き、娘と息子の面倒を見ながら、家内を待っていた。それにしても、息子はベビーカーではとても良く眠ること。適度な揺れが良いのかもしれない。娘は園内の鉄棒やブランコなどで遊んでいた。 それにしても、何もこんな日に雪が舞うほど寒くなくても、と思う位に寒かった。とてもじっとしていられないので、私はベビーカーを押しながら園庭をグルグルと回っていた。そして、2時間も外に居たので、園内のあちこちに車輪の軌跡が残った。幼稚園の2階の廊下から、夥しい数の車輪の軌跡と私がグルグルと回る姿を見て、他の役員さんが家内に「あんたの旦那、大丈夫?」と聞き、心配していたそうだ。 私は、その役員さんが一体何に対して大丈夫と聞いているのか、そっちが心配だった。頭だろうか?それとも耐寒だろうか?後者であって欲しいが。みなさんが役員さんの立場だったら、私の姿はどう映るだろうか? |
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先日、出張帰りの飛行機の中で読んでみた。
本書を読むと、横浜のまちについて、こういう経緯で今があるのかと新たに横浜について発見することが多々ある。 ・関内付近の高速道路の地下化 ・みなとみらいの実現 ・港北ニュータウンの開発 ・横浜ベイブリッジ建設 ・横浜スタジアム建設 例えば、横浜スタジアムの建設は、当時の市長が「横浜にプロ野球チームをつくり、横浜のこどもたちがプロ野球選手の活躍を見て、大きな夢を持つようになって欲しい。横浜にプロ野球チームをつくるには、スタジアムが必要だ」との強い意思があった。 もともと今のベイスターズ(当時の大洋ホエールズ)は川崎を本拠地にしていた。球団側も横浜の方がイメージが良いので、移転に乗り気だった。そして、なぜ球場の場所を横浜公園にしたか。当時アメリカが占領していた横浜公園が、日本人がアメリカ人と野球を楽しむようになった最初の場所という、歴史性の高い場所だったかららしい。 あの周辺をアメリカが占領していたことも、日本の野球発祥地ということさえ知らなかった。歴史性が高い場所をホームにしているにもかかわらず、近年、チームが弱いのは一市民として残念ではあるが。 さて、このような発見もさることながら、この本で書かれているのはこれらの事業は簡単にはいかなかったことである。そこには、市民の利益ではなく、自分たちの利益・権限しか考えない企業や国との闘いが必ずあった。 ああ、今も昔もハマのまちづくりは難しい。 |
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一昨日の朝、ニューオリンズの日の出とともに出発。その後もおてんとさまと一緒に帰国した。
それにしても、AAはひどい。エコノミークラスではアルコール類1本につき5ドルも取るのである。今回の旅は、長距離移動にもかかわらず、アルコールを無料で飲めない、マイルも付かないなど、物質的に得することはなかった。 唯一、飛行機で良かったのは、ニューオリンズからダラスまでのフライトで隣の座席に座ったアフリカ系アメリカ人のリンダさんと楽しい会話ができたこと、ダラスから成田までのフライトでカンザス州の上空を通ったことだ。 リンダさんは、FedExで運転手の訓練教官で、今週はエルビスの故郷メンフィスの運転手に教えに行くらしい。ニューオリンズとメンフィスの間は真っ直ぐ行けば近いのだが、直行便がなくダラス経由で行かなくてはならず、少々それは不満そう。「FedExが飛行機を持っているではないか」と聞いたところ、「そうなんだけど行きは会社の飛行機は使えない。でも、帰りはFedExの飛行機に乗って帰れることになっている」と言っていた。リンダさんの家もハリケーンカトリーナで、強風により木が家に飛んできて、ダメージを受けたらしい。次回の大統領選についてはまだ誰に投票するかは決めておらず、今後の立候補者の様子を見てから決めたいと言っていた。今のイラク情勢やアメリカ国内の情勢からしてブッシュは頭が悪いと言っていた。小一時間のフライトだったが色々と話ができた。そもそも、私が非常口の真横に座っていたので、リンダさんは心配だったのだろう。「非常ドアの開け方を把握しなさい。そして、万が一のときはLady Firstよ。」とアドバイスもあった。 ダラスから成田への便では、出発して1時間後ぐらいにカンザス州西部の上空を通過した。昔、住んでいたのは州の東部だったので、窓から東の方を眺めてみたが、さすがは広大な大地のアメリカ、私が住んでいた辺りは全く見えなかった。東を見ても、どこまでも小麦畑が広がり、私が住んでいた周辺にあるような木が茂り湖があるようなところは見えなかった。見えないのは承知の上で、ずっと東の方を眺めては、昔の生活を回想していた。そして、家に帰らずに家に帰るような複雑な感じであった。 こうして、しらふの私と多くの思い出といくつかの不満を乗せた飛行機は、カナダ上空、アラスカ上空を通り、北米大陸を後にした。さようならアメリカよ。 |
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アメリカの殆どの州では今日から夏時間になり、時計を1時間進めなくてはならない。
それにしても、私の記憶では4月から夏時間だったような気がしたが。。。 Webで調べてみると、昨年までは4月の第1日曜日から10月の最終日曜日までだったが、2005年に可決された「包括エネルギー法案(The Energy Policy Act of 2005)」に基づき、今年から3月の第2日曜日から11月の第1日曜日となったそうである。しかしながら、ハワイ州やアリゾナ州などの一部の州では夏時間が導入されていない。 日本では夏時間やサマータイムと呼ばれているが、アメリカではDaylight Saving Timeと言い、Summer Timeという単語は一般的ではない。そして、私もDaylight Saving Timeという単語が全くでてこなくて、Summer Timeと言ってしまった。 こちらのテレビでは、ITスペシャリストがコンピューターの時刻変更への対応で追われている様子、ニューヨークのタイムズスクエアでは建物に掛けられた時計の針をおじさんがロープにつかまりながらグルッと一周回している光景が流されている。 日本では夏時間を再び導入するのだろうか。エネルギーのことを考えれば良いかもしれないが、我々の心身の方に目を向けるとあまり良くないような気がする。 高齢化社会が進む日本では、多くの人々の身体に負担が掛かる。ヨーロッパでは夏時間導入によるお年寄りの時差ボケの問題が指摘されている。また、心理的にも良くないと思う。アメリカに以前居た時、夏時間から元の時間に戻すと一気に暗い時間が多くなり、少しだけ憂鬱になった記憶がある。一気に暗くなるのは、ストレスの多い日本の社会ではあまり望ましいものではない。 |
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半分は日本の通勤中に読み、残り半分は飛行機の中で読んだ。
以前、本ブログへのコメントでこの本の紹介があったので、昨年の12月中旬頃に図書館に予約し、約2ヶ月後に順番が私に回ってきた。 全体的な印象として、文章表現がこれまでに読んだ本の中の最も美しかった。どこがと言われると答えられず、感覚的なのであるが、本から発するオーラが美しかったかもしれない。 本書では、美輪さんを取り囲む男たちや家族たちとの生活、そして歌を中心として生計を立てていく様子が、美しい言葉で描かれている。 長崎で生まれ、被爆後の街でも生活し、美輪さんはとても辛い時代に幼少時代を過ごした。そして、美輪さんは美しい男で美声であり、多くの男が美輪さんの持つ美しさに魅せられていく。家族については、本物の母親は死に別れ、父親は冷徹な人間で家族を養うという気は毛頭なく、兄弟は依存心が強い。しかし、美輪さんの育ての母親のことを想うと家族を見放すこともできず、家族の生活を美輪さんが背負うことになる。そして、小学校時代の先生の眼にとまった彼の美しい声を、その後も磨き続け、生計の手段としていく様子が描かれている。 ただ容姿が美しいだけでなく、それを歌というものでさらに自身の魅力を高めながら、数々の困難に立ち向かっていく美輪さんが素晴らしく思えた。自身を美しく保つこと、自身の魅力を高めること、困難に果敢に立ち向かうこと、どれひとつ今の自分には大きく欠けていることも痛感し、今後少しずつ自分を高めることができればと思った。思うは易く、言うも易く、行うは難し。。。 PS 今月、本書の新装版が出版されたそうです。 |
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長い長い3月4日が終った。この日は40時間あったような。
そして、約8年ぶりのアメリカの大地を踏んだ。シカゴはまだ雪が残っており、春から冬に戻ってきた感じがした。到着したシカゴの空港はあまり変わっていなかった。昔と違うのは、パソコンとにらめっこしている人が増えたぐらい。 さらにシカゴからニューオリンズまで約2時間かけて移動した。ニューオリンズも昨日は30度以上まで上がったが、今日は9度しかなく、ニューオリンズの人たちにとっては寒い一日だったようだ。しかし、こんなに寒暖の差が激しいと、うまく体が現地の気候に慣れていくのか心配である。 それにしても、今日は長かった。 図書館に行き、デパートに行き、空港に行き、飛行機で移動してと、色んなところに行った一日だった。 長旅で疲れてしまったが、明日から早速仕事である。がんばろっと。 |
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昨夜、先月電車の中で約20年ぶりに再会した中学時代の友人H・Tくんと飲みに行った。
場所は綱島。飲みながら、約20年間のお互いの空白を埋めた。そして、空白をだいたい埋め終わると、「あの頃は」という話をしていた。 ・あの頃は酒の飲み方も知らなかったこと ・あの頃は地名すら知らなかった綱島というところで一緒に酒を飲むことなんて夢にも思わなかったこと ・あの頃は半スパルタのW英語塾に通い、恐怖心から英語の基礎を学んだこと そして、現在の共通する点も強引に探してみた。 ・元府中市民、現横浜市民であること ・かみさんは九州女であること ・子供が二人居て一男一女であること ・実家は今でも府中にあること また飲みに行こうということになり、次回の舞台はJR横浜線・中山駅近辺ということになった。 月曜日の飲みに続き、昨夜も楽しい飲みであった。 |
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