カンボジアの北東部
来年の3月にカンボジアに行くことになった。

まだまだ先の話ではあるが、そろそろカンボジアについてもお勉強を始めなくてはならない。

カンボジアと言っても、アンコールワットのあるシェムリアップや首都のプノンペンではなく、カンボジア北東部のラタナキリ州とモンドルキリ州というところに行くことになった。どんなところなのだろう。

今日はウィキペディアで人口と人口密度を調べてみた。

○人口
(国レベル)
カンボジア 13,363,421人
ベトナム   84,238,000人
ラオス       6,068,117人
タイ       64,865,523人
日本     127,767,944人

(都市、州レベル)
プノンペン      1,011,264人
ラタナキリ       117,664人
モンドルキリ     41,201人
横浜・港北区    320,961人

人口を見ると、カンボジアの人口は日本の約1割で、東京都の人口ぐらいだろうか。ラタナキリは約10万人、モンドルキリは約4万人である。これらの州は日本の地方都市のような感じである。

○人口密度
(国レベル)
カンボジア     74人/km2
ベトナム      253人/km2
ラオス        26人/km2
タイ        126人/km2
日本        337人/km2

(都市、州レベル)
プノンペン               3,446人/km2
ラタナキリ                  12人/km2
モンドルキリ                 3人/km2

横浜・港北区         10,250人/km2
東京・奥多摩町         29人/km2
熊本・五木村            5人/km2
  

人口密度を見ると、カンボジアはラオスよりは密度が高いものの、ベトナムやタイよりは低い。ラタナキリ、モンドルキリはとてつもなく低い。ラタナキリは東京の秘境である奥多摩より低く、モンドルキリは五木の子守唄の熊本県五木村より低いのである。

つまり私はカンボジアの秘境に行くことになってしまったのだ。こんな秘境に出張に行くのは、入社して初めてかもしれない。不安と期待が入り混じるが、3月の出張を楽しみにしたい。
【2007/11/30 09:13 】 | 日記・その他 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
新しい日本酒
先日テレビ東京の「ガイアの夜明け」という番組を見て、早速ファミリーマートに日本酒を買いに行った。

最近、日本酒は焼酎に押され、どの酒造メーカーも軒並み売り上げが下降している。そして、日本酒、特にワンカップはオヤジくさく、若者から好まれない。コンビニの利用者の多くは若者であり、このままでは下降に歯止めが掛からない。

そこで、ファミマの商品開発担当担当者は白鶴、月桂冠、宝酒造、日本盛の4社を本社に呼び、「このままで良いのか。日本酒を売りにしている会社なのに、日本酒部門が倒れて良いのか。」と奮起を促す。そして、4社共同企画で若者が手に取るような日本酒を造り始める。各社は、ファミマの企画に賭け、若手の社員に色々な酒を試飲させ、若者受けする酒を模索していく。容器も若者受けしそうなものを模索する。

sake


日本酒のボトル缶はコーヒーのボトル缶に見間違える。ただ、こんな缶にどんな日本酒が入っているのだろうかという、買う時のワクワク感は結構あった。味は普通の日本酒だった。味はまあ普通だが、量が多からず、少なからずで丁度良い。そして、買う前から飲み終わるまで楽しむことができた。これは酒に限ったことではなく、新しい製品というものは常にそういう楽しみがあるのかもしれない。ということは、いずれ飽きがくるということか。

パソコン等の電化製品の新品はそう簡単に買うことはできないが、お酒などの手頃な価格のものはたまに新製品を買ってワクワクするのも良いかもしれない。
【2007/11/28 20:07 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
リサイクル施設ツアー報告
去る11月20日に区で主催するリサイクル施設見学ツアーに参加した。

パラオでの案件に役立たせるという理由で横浜市出張(終日)ということで、業務の一環としてツアーに参加した。殆どの参加者は私の親と同世代という感じで、自分だけが浮いていた。しかし、自分の街を観光バスに乗って回るというのは、小学校の時の社会科見学を彷彿させるものがある。

この日のバスガイドは区の地域振興課のAさんという40歳ぐらいの方で、このツアーで回る施設にはもう10回以上足を運んでいるとのこと。しかし、運転手は初めてらしく、いきなり道を間違えたようで、Aさんはいきなりナビゲーターになってしまった。

まず最初に訪れたのはリサイクルポート山ノ内である。ここでは、古着と古紙を集め、海外に輸出している。場所も海に面しており、倉庫からはパシフィコが見える。
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古着は140種類ぐらいに分別され、東南アジアに輸出される。
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古紙の方は、新聞、OA用紙、ダンボールに分けられ、中国に輸出される。古着も古紙も1m3ぐらいの塊にされたのちに輸出する。
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リサイクルポート山ノ内の教室では、3Rや紙のリサイクルについて学ぶ。横浜市民が年間に出すごみの量はランドマークタワー12個分という、1ヶ月だけでランドマークタワー1個分だ。350万という人口の多さを考えると、その位になるのかなという気もするが、それにしても大量である。その他、新聞紙はリサイクルされるとどんな紙になるのか?雑誌は?牛乳パックは?を学ぶ。施設見学記念として、トイレットペーパーをもらった。

次に訪問したのは(株)日本リサイクルマネジメントである。ここでは、わが港北区をはじめとする横浜市北部の9区の容器包装のプラごみがここに集められる。横浜市では週一回プラごみの回収があるが、回収されたものは残念ながら全てがプラごみではなく、ここで中身の入っているプラごみや、プラごみでないものを取り除く。これらリサイクルできないものは不適物と呼ばれ、人の手により除去される。容器包装のプラごみを回収したはずが、写真のようなものが回収され、ここまでやってきたというのは驚きだ。集める側にも問題がありそうな気もしたが。それ以上に、捨てる側の意識の問題である。ひどすぎる。
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ブラジル人の労働者が多いらしく、ポルトガル語の表示が多かった。
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回収されたプラも大きな塊にされる。
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この塊は高炉原料となったり、プラスチック製品の原料となったり、化学工業原料となったりするが、(株)日本リサイクルマネジメントで作られた塊は新日鉄君津に運ばれ、鉄をつくる時に高炉原料として使われるそうだ。(株)日本リサイクルマネジメントはJFEの子会社で、本音としてはライバル会社の新日鉄にここで作られたプラの塊を使われたくないとか。でもこのプラの塊には価値がないので、容器包装リサイクル協会が、安く引き取り、再商品化してくれる会社に入札を掛けるシステムになっているらしい。その入札でJFEは新日鉄に負けたと担当者は言っていた。この入札のしくみが、参加者がよく理解できなかった点のひとつである。

次に訪れた昭和電工(株)である。工場内は撮影禁止であったが、どこもかしこもパイプラインだらけであり、誤接合がないのか心配になりそうな程である。ここは横浜市ではなく他の自治体のプラごみの塊からアンモニアを作る工場である。区役所のAさんは、プラごみの塊がなぜアンモニアになるのか、いつも難しい化学式でごまかされているような気がすると言っていた。確かにその通りで、プラごみの塊がアンモニアに化ける過程も、参加者がよく理解できなかった点である。

一日三箇所の訪問で、難しい点もあったが、質疑応答の時間もたっぷりあり、大変有意義な見学ツアーであった。次回、同様のツアーがあれば、是非また参加したい。


【2007/11/27 12:47 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ハマウォーク
あの後、毎日のように雨が降り、雨が降ると事務所の現地スタッフも休みがちとなり、現場にも足を運べない。

そして、久々に帰国すると、雨は降らないが寒い。早速、喉の調子が悪くなった。

今日は、関内にある神奈川県予防医学協会に先週木曜日の人間ドックで提出し忘れたモノを提出してから、出社した。この協会は、横浜スタジアムのある横浜公園の筋向いにあり、イチョウ並木の美しい日本大通り(にほんおおどおり)にも近い。今日は、束の間のハマウォークを楽しんでから、出社した。

関内の駅を降りると最初に横浜市役所本庁舎の脇を通る。庁舎の改修工事のパネルを見ると、「再来年は横浜開港150周年記念、150万本の木の苗を植えましょう」という広告の脇に地球温暖化の様子を見事に表現したイラストがあった。アイデア賞ものである。

KIF_7962.jpg


モノを提出した後は、日本大通りを港の方面に歩き、日本大通り駅まで歩く。横浜港が開港した時、この通りを境に外国人居留地と日本人街に分けられた。オープンカフェも出ているが、さすがに午前9時前だとゆっくりお茶している人はいない。

KIF_7963.jpg


PNGの散歩も空気は美味しいが、安心して存分に歩ける日本は改めて素晴らしいと思う。

【2007/11/26 12:55 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
PNGの首都ポートモレスビーはあまり雨が降らない。

今回の滞在でも、昼間に少し雨が降るだけで、一日中降っているということはなかった。

でも、今日は朝から一日中雨が降っている。コミュニティでのワークショップも雨にあたりながらの開催であり、住民は大変であったと思う。住民の皆様、大変お疲れさまでした。

さて、あまり変化のない日常で、終日雨が降るというのはちょっとした変化である。そして、今日の雨はしとしとと降り、南国らしからぬ、さみしい雨である。こんな雨の日にはイルカの歌がよく似合う。でも悲しいかなメロディは口ずさめるが、知っている歌詞は「窓の外は雨、雨が降ってる〜♪」のみである。

明日はスカッと晴れるかな。「ハレルヤ♪」。うん?意味が違う?
【2007/11/12 22:57 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
PNG通信業界の競争
PNGのホテルの方は競争がなく、ホテル側の欲するままに宿泊料金だけが上がり続ける。

携帯電話の方はこれまではTelikomという会社の独占が続いていたが、最近Digicelという新しい会社が入り競争が始まった。Digicelの料金はTelikomの1/4ということで、多くの国民が喜んで飛びついた。そして、最近Telikomの方も同じくらいに下がってきたという。どっかの国の航空会社間の競争と同じような構図である。

さて、安いDigicelにも難点がある。それは、Digicel同士の通話しか出来ず、Telikomの電話に掛けれないということである。恐らく、回線を使えるようDigicelがTelikomに話を持ちかけたのだろうが、断固拒否されたのだろう。

それでも国民は喜んでいる。中にはDigicelとTelikomの2台を持つ人も居る。国民は不便を強いられているものの、こちらの企業は企業利益のみしか考えていないので、利便性を高めようという動きは全くしていないようだ。

それでもホテルよりは良い傾向である。ホテルはなんとかならんかなあ。
【2007/11/10 20:02 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
恒例行事
先月末に、8月に受験した技術士第二次試験(筆記)の合格発表があった。発表開始時間の午前5時(日本時間)に日本技術士会のWEBにアクセスしてみた。今年も自分の番号はなかった。

そして、自宅にも結果が届く。自宅に届く結果は、科目毎の成績も分かる。これを見ると、自分が全くダメだったのか、もう少しだったのかが分かる。そして、科目ごとの成績を聞き、来年への対応をどうすれば良いかわからなくなってきた。なんと、手ごたえのあった科目の成績が悪く、手ごたえのなかった科目の成績が良かったのだ。両方の科目を初心に帰って勉強しろということなのだろう。

来年の夏も神奈川大学と新宿駅南口かな。この試験の受験が恒例化してきている。それにしても、神奈川大学での戦績はTOEICも含め、3戦3敗である。来年こそは念願の神奈川大学での初勝利を上げたい。
【2007/11/07 18:39 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
戦場パプアニューギニア
事務所の本棚にあったので、借りて読んでみた。

戦場パプアニューギニア―太平洋戦争の側面 / 奥村 正二


15万人の日本人死者があったのに、あまり知られていないパプアニューギニア(PNG)の戦いを綴る。死者の殆どが飢餓、マラリアで倒れていったという。海に出れば米軍にやられる。山に逃げるが、山には食料がない。だけど、毎日30kgの荷を背負いジャングルの中を歩かされる。このあたりのくだりは悲惨極まりない。

そんな中、現地の人たちは、日本人を助けてくれた。生還者の一人は、1万人も生還できたのはパプアニュギニア人のお陰です、と言う。ある生還者は現地人に何も報いることができなかったので、自然に日本人の周りに集まる村の子供たちのために学校を開き、簡単な算数、地理、歴史などを教えたという。現在のPNGのソマレ大統領も子供の頃に柴田さんという方から習い、大統領として来日にした際、柴田さんを探し、感動の再会を果たした。

筆者はこの戦争の悲惨さもさることながら、日本人はまだPNGの人に借りがあることを忘れてはならないと言う。

残りの滞在期間も少ないが、PNGの人たちのために頑張ろう。
【2007/11/04 19:29 】 | ぶっくぶっく | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
頭ではわかっていても
最近こちらの行政官たちのやる気が下降ぎみである。
ミーティングに出るのは良いが、報告は「進捗なし」。
コミュニティに行って住民とまずは話をしてみようよと言っても「わかった」と答える。しかし、翌週になると「今週は話してない。すなわち進捗なし。来週話す。」という回答。

先人たちの記録を見るとこれが数ヶ月続いているコミュニティもある。コミュニティの住民もこちらに来れば良いのだが、住民の多くは職も金もなき者で、交通費を負担してまでやってこない。行政官には一応車の用意があるものの、行かない。

日本人にもやる気には波があるが、どうしたものだろうか。自分がやる気のない時には、どんな言葉でやる気になるだろうかと考える。まずはこのままだとやばいことになるよということを伝えて様子を見よう。そんなことで変化するかどうかは分からないが、このまま黙認する訳にも行かない。

やる気がない人がやる気になる時ってどんな時だろう。自分の場合はどうだろうかと自問自答している今日この頃である。
【2007/11/02 09:06 】 | 日記・その他 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
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