御岳山
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(↑山香荘の玄関から外を望む)

昨日はまたまたOB会の集まりであった。
雨の中、御岳山の山香荘で現役生との親睦会を行った。

現役生は高校生で16歳ぐらいであり、会話は立派だが、実は娘や息子の方に年齢が近い。おいらも歳を重ねたものである。

天気が良ければ、青梅線の古里駅から3時間ぐらいの登山を行う予定であったが、雨のためケーブルカーでの登山となった。でも、こんな天気でも山の空気は清々しい。

そして、宴会会場の山香荘も落ち着いた佇まいである。山香荘の先代のご主人は部のOBであり、ほぼ毎年、宴会では山香荘にお世話になっている。先代のご主人も7年前に亡くなり、現在は、20代後半の息子さんが後を継いでいる。先代のご主人は、御岳山神社の神主もやっており、後を継ぐのも簡単なことではなかったらしい。

山香荘は鉄道員(ぽっぽや)の著者浅田次郎さんのお母様の実家でもあり、浅田さんもここのお部屋に篭って執筆されることもあるらしい。

さて今年は3名の入部があり、今のご時世で山を登りたいとは本当に珍しい高校生たちである。辛いこともあるけれど、山で楽しい思い出を沢山つくって欲しい。

■山香荘
〒198-0175 東京都青梅市御岳山137  
TEL : 0428-78-8476  
FAX : 0428-78-9435
URL: http://www11.ocn.ne.jp/~sankoso/index.html
【2008/06/30 22:29 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
しびれる瞬間
一昨日、無事帰国した。

そして、その晩、夜な夜な、デジカメを分解してみた。なかなか頑丈に出来ているもので、分解も一苦労である。力を込めると部品を壊す恐れもあるし、力の加減も難しい。

なんとか分解してみたが、色んな基盤があるようだが、良く分からない。「分かるとは分けることである」と言ったもんだが、分解したデジカメを見ると、分けても分からないこともあることを発見した気持ちになった。むしろ、余計分からなくなったような気がする。分かるは分けることかもしれないが、分けるは分かるにはならない。論理学も良く知らないため、この先をどういう展開にすれば正しくなるのか、ますます混乱してきた。とにかく、分けても分からなかったのだ。

さて、分解の大詰めで、ある部分を触ったら、手にビリビリと電気が走った。どうも蓄電器のようなものに触れてしまったようだ。感動する人生のはずが、感電する人生を送った瞬間である。もしかしたら、これが充実した仕事の後に得られる「しびれる瞬間」だったのかもしれない。

分解した後、問題の有りそうな部分を少しマッサージして、元の姿に戻した。結果、デジカメの電源は入るものの、画面は真っ白である。

やはり電気の知識を持ち合わせていない素人がデジカメを直すのは無理であった。無理だけならまだしも、人体に危険である。

こうしてデジカメの状態は悪化してしまった。いや、悪化させてしまった。デジカメには可哀想な措置であった。デジカメさん、ごめんなさい。

週末は、電気屋さんのチラシを見てみることにしよう。
【2008/06/27 12:44 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
デジカメが
気付けば、今回の滞在も残り2日である。

パラオの美しい写真を撮影しようと思ったら、デジカメが壊れた。電源を入れても撮影モードにならない。恐らく接触が悪くなっているのだと思う。家に帰ったら、分解してみよう。それでダメなら、新しい物を買うしかないが、おいらにはお金がない。ガソリンは高く、食糧も高く、給料は高くならず、と経済的には苦しい今日この頃である。

デジカメも8年目になるので寿命に近いのかもしれないが、分解して直ることを祈りたい。延命措置をとりますぞ、デジカメさん。
【2008/06/23 13:02 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
継続は力なり、となるか
今日、ようやく自分の担当部分の会議が開催された。こちらに来て13日目のことである。

普段は4−5人しかいない出席者も、今日はなぜか10人以上の出席者があった。しかも、JICAさんの新任の所長さんまでご出席を頂いた。4−5人くれば良い方かと思っていたので、今日の出席者数は驚きである。所長さんの前なので、ちょっと緊張した。

この会議はPEEC(Public Education and Enhancement Committee)をいう名の、ごみ減量に向けた住民への啓発や広報のための部会である。私が来た2年前の今頃は、このような部会はなく、公共事業省、環境保護委員会、保健省、州政府など、各組織が独自に啓発や広報活動を行っていた。2年前に各組織にインタビューした時、各組織の担当者が必ず指摘するのが「私の組織は他の組織との連携が不足している」という点であった。そんならば、ということで、各組織の活動を調整し、連携するような部会を設立したらどうだろうか、と提案させて頂き、実現して出来たのがこのPEECである。

私が関っているプロジェクトも9月で終わりであり、その後もPEECは残したいとパラオの皆さんも言っているので、これまでのところは、提案した部会がパラオの廃棄物管理の中で重要なものであると位置づけられて良かったと思う。ただ、この部会の開催は4ヶ月ぶりだったので、本当にこの部会を残して、活動を継続していけるのか心配である。PEECの継続を確実にできるよう、パラオの皆さんともっと話し合いを続けないといけない。

マスコットができあがったが、ベルトの文字がひっくり返しである。もともと、我々のアシスタントがひっくり返しの図案を渡してしまったのが原因であるが、受注したフィリピンの会社も全く疑うことなく、図案通りに製作してしまったとのこと。パラオらしく、フィリピンらしくもあると言えば、それまでである。完成度に欠いても、マスコットに対する子供たちからの人気は高い。3Rについても、実践はまだまだであるが、何たるかということについては、大分子供たちの間に随分と浸透してきていると思う。

3R mascot 1


この調子で、活動が末永く続き、パラオの美しい海を守れることを願う。
【2008/06/17 13:56 】 | 日記・その他 | コメント(4) | トラックバック(0) | page top↑
日本でも地震が
今日は8時頃起きて、のんびり過ごそうと、まずはNHKニュースを見た。拉致問題の話に入ろうとしたところで、地震緊急速報が入り、岩手と宮城の県境付近で震度6強の地震とのこと。

四川の地震はやはり対岸の火事ではなかった。橋の分断、大規模の斜面崩壊、四川と同じように土砂が川をせき止めている映像もあった。

震度6強の地震を経験したことがないので、多分想像以上に強い揺れだったと思う。最初の一波もさることながら、震度3・4レベルの余震が何十回と続いているのは、生きた心地もしないと思う。地震がない間も揺れている錯覚に陥るのではと思う。震度3というのは実感できるレベルなので、それが1時間の間に何回も続くことを想像すると、不安が高まるばかりだろう。きっと、自分がどんなに想像しても、被災地の皆さんはきっと自分の想像以上の恐怖を感じているのだと思う。

一刻も早く余震が収まり、被災地の皆さんの不安が早く取り除かれることを祈るばかりである。
【2008/06/14 21:34 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
できるか連携
近年、JICAさんではプログラムアプローチというものが流行っている。

プログラムというのは、複数のプロジェクトから構成されるものであり、同じプログラム下のプロジェクトが連携して相乗効果を出し、プログラムとして良い成果を出していこうというものである。

パラオで私が関っているプロジェクトの場合は、環境保全という名のプログラムの下にあり、我々のプロジェクトの他にはパラオ珊瑚礁センタープロジェクトというものがある。今日、連携による相乗効果を出す可能性を探るため、パラオの珊瑚礁センターを訪問し、そこに派遣されている海外青年協力隊に話をしに行った。

その方も、パラオの美しい海の生態系を保全するには、その保全の具体的手段を扱う我々のプロジェクトと連携することは重要であり、賛成であるとのこと。だけど、その方の上司が生態系の保全と廃棄物管理は別々に扱うべきという考えが強く、難しいかもしれないというような話をしていた。その直後に、その上司の方がやってきた。

話をごまかしても仕方ないので、正直に話をしてみた。パラオの美しい海を守ることが、おたくのプロジェクトでも我々のプロジェクトでも究極の目標であり、子供たちにパラオの海でどのような変化が起りつつあるのか、そのためにはどのように行動すれば良いのか伝えるには、双方のプロジェクトで連携することが重要なので是非連携をしたいと伝えた。

大反対をされるのかと思ったら、「それは良い考えだ!」とのコメントを頂き、協力隊の方に来週開催される我々のプロジェクトの会議に出席してもらうことも快諾してもらった。あれっという感じで拍子抜けしたが、こんなことが起るのもいかにもパラオらしい。しかも、その上司は、我々の会議の議長の親戚にあたるらしい。

この追い風ムードで、2つのプロジェクトが連携し、プログラムアプローチが実現すると良いと思う。
【2008/06/12 01:51 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
こんな日に限って(2)
今日も朝から雨である。しかも、昨日よりも降りが強い。

2日連続で早起きしたから、ますます空は驚いているのかもしれない。

散歩もできないので、のんびりと「おはよう日本」を見た。なぜか日本のニュースも日本に居る時以上に良く見ているような気がする。

それにしても、秋葉原の通り魔事件は酷い。どうして犯人の行動の行き着く先が殺人なのだろうか。結局、犯人は他人から相手にして欲しかったのだろう。では、犯人は他人を相手にしていたのだろうか。仕事で失敗した人、うまく行かない人を冷ややかに見てしまう日本の社会も問題だが。

あしたも早く起きれるように頑張ろう。天気も良くなれば、散歩もしてみよう。
【2008/06/11 12:54 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
こんな日に限って
最近は朝がすっかり弱くなってしまった。

昨年の今頃などは、朝早く起きると、その一日はとても快適に過ごせることが体感できたのに、今はなかなか起きれなくなってしまった。健康な日々を過ごしたいので、昨夜、まずは3日間だけ朝早く起きようと心に決め、床に着いた。

そして、今朝、予定通りに6時に起き、散歩に出た。しかし、こういう日に限り、雲行きが悪くなり、雨が降り始め、散歩は15分で終ってしまった。散歩は最低20分は歩かないと、汗も出てこないし、科学的にもカロリーが消費しないと言われているので、15分では散歩した気にはならなかった。

散歩はダメだったけれど、起きれたことは評価しよう。珍しいことをすると、空が驚くことも改めて分かったし。あと2日間、早起きを頑張ろう。

【2008/06/10 13:29 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
パラオの休日
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パラオといえば美しい海である。

土曜日は仕事であったが、昨日日曜日は現地のスタッフが釣りに連れて行ってくれた。天気にも恵まれた。ただ、この日はポイントが悪かったのか、干潮だったためか、釣りが生活の一部となっている現地スタッフも思うように釣れなかった。現地スタッフの子供たちはかなり不満げな様子で、我々の釣りの後にまた釣りに出かけたらしい。パラオの子供たちを見ていると、何よりも釣りが好きとう感じがする。親父の釣り姿を見て育つのであろう。

私の釣果は小物が2匹だけであった。撮影した写真も、あまり良い写真がない。だけど、パラオらしい休日の過ごし方ができ、良かった。船ではビールを時間かけて10本近くも飲み、それもパラオらしいのだが、折角減らした体重がまた増えそうな感じがする。平日はおとなしくしていよう。
【2008/06/09 08:49 】 | 自然 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
ユニークなサービス
夜のNHKのニュースを見ていたら、秋田県のタクシーの運転手さんが四葉のクローバーを暇な時間に探して、押し花のようにプレスをかけ、丁寧に小さい透明の袋に入れて、乗客に漏れなくサービスしている話があった。乗客も悲喜こもごも色々な方が乗ってくる。特に、落ち込んでいる乗客には勇気を与えるらしい。

なかなか素敵なサービスだと思った。自分の仕事でも、それに匹敵するサービスでお客さんを喜ばせなければならないのだけど、どうもお客さんを敵視してしまう。今後の仕事や生活では、みんながHappyになれるようにしたい。でも、いつも有言不実行だからなあ。これがいけない。
【2008/06/06 22:09 】 | 日記・その他 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
パンダ通
昨日、5ヶ月ぶりのパラオに向け出発した。

機内の中で「パンダ通」という本を読んだ。パンダの写真が半分、黒柳さんのパンダ話が半分という分量である。

パンダ通 (朝日新書 73) (朝日新書 73)パンダ通 (朝日新書 73) (朝日新書 73)
(2007/10/12)
黒柳 徹子; 岩合 光昭





それにしてもパンダのひとつひとつの写真に癒される。白黒のシンプルな色といい、丸々とした体といい、垂れ目といい、パンダは憎みようのない容姿をもっている。

パンダは大変に敏感な動物で、人の足音をかなり遠くからでも聞こえるらしく、野生のパンダを見つけるのはかなり難しいらしい。またオスとメスの区別が専門家でも難しいらしく、一回オスだと判断しオスらしい名前をつけたら後々メスだったことが判明したこともあったという。本では科学的に分かるというが、詳しい解説はなかった。

本を読んで面白いと思ったのは、パンダというとジャイアントパンダのことを指すことが多いが、レッサーパンダの方が先に発見されたため、それまではパンダと言えばレッサーパンダのことであった。ジャイアントパンダの発見により、それまでのパンダはレッサーパンダとなったということである。

上野動物園にパンダ様が来たら、お目にかかれればと思う今日この頃である。
【2008/06/06 13:16 】 | ぶっくぶっく | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
OB会
先週土曜日(5/31)は中野サンプラザで、高校時代の部活のOB会の創立20周年記念祝賀会があった。

2月よりこの日のために準備もやってきた。しかし、途中で海外出張があり、途中で準備がどのように進められているのかも不明な状態の時期もあったが、まあなんとか無事に終って良かった。

自分の大きな仕事は、Tシャツのロゴ選定とTシャツ作成業者選定、そしてバームクーヘンの業者選定であった。

ロゴが大変であった。自分の仕事はロゴの案を他の役員より出してもらうよう公募して、出てきたデザインを集めて、会長にこれが良いと思いますと、進言するだけのはずであった。しかし、公募しても、誰からも応募はなかった。そのようなことは予想していたため、同期の役員のT・S君とあれこれ案を出した。

4月の初旬に、役員の会議で自分の案を叩き台として作成することが決まったようで、その後いろいろと色なども変わったようである。土曜日にTシャツを手にした時は、自分の考えが大分反映されたためか、嬉しかった。他のOBのみなさんも気に入ってくれると良いのだが。

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さて、祝賀会は出席されたOBの若かりし頃の写真が貼り出され、各OBが高校時代の自分に再会していた。私の高校時代のものもあり、その一枚に、ビーチでスイカ割りした後に撮影された写真があった。高校3年生の夏山合宿で山形県の朝日連峰を縦走した後、下山口となる鶴岡市の海岸に遊びに行った時に、撮影されたものである。

そういえば、あの時は後輩がラジオを忘れたため、山頂付近の幕営地で台風の来襲がわからず、「何なんだこの強い風雨は?俺たちも飛ばされそうだぞ」と言いながら、仲間と夜を徹してテントのポールを支えたものである。そんな19年前の思い出が蘇ってきた。

当時、新任の顧問のザック(荷物)にこっそり大きい石を2・3個入れ悪戯したのもこの時である。その顧問の先生も祝賀会に出席されており、あの合宿では石を沢山入れられ、一歩一歩が辛かったと回想されていた。

山の神は色々な出来事を起してくれるのである。

夏、もし時間があれば、久々に高山を歩いてみようかと思う今日この頃である。
【2008/06/04 12:44 】 | 日記・その他 | コメント(2) | トラックバック(0) | page top↑
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