|
ケアンズに向かうフライトの中で、「神様からひと言(荻原浩)」を読んだ。出発の数日前、ブックオフへ出張中に読む本を探しに行き、そこで手にとった。これまで荻原氏の著作を全く読んだことがなかったので、あらすじをざっと読んでから買った。買う気にさせたのは、あらすじの最後にある「サラリーマンに元気をくれる傑作長編小説」というフレーズ。自分はやはり現代人で刹那的なものを求めているのだろうか。
主人公の佐倉凉平は、大手広告代理店を辞め、「珠川食品」に再就職した。「珠川食品」は、現実の世界で言えば「東洋水産」や「日清食品」のような会社、たまちゃんシリーズのラーメンを出し、漬物も取り扱っている。 凉平は販売会議でトラブルを起こし、リストラ要員収容所と恐れられる「お客様相談室」へ移動。ここではクレーム処理を担当する。現実はどうなのだろうかと思ったが、凉平のもとには変わったお客さんから電話がかかってくる。 では、凉平とあるお客さん(老婆)の会話を再現してみよう。 「もしもし。」(老婆) 「はい、珠川食品お客様相談室です。」(凉平) 「私なんかの相談に乗ってくれるのかい?」(老婆) 「もちろんですとも。」(凉平) 「いまラーメンをつくってたんだけど、お汁に味がしないんだよ。お湯のままなの。」 「は?」(凉平) (お客さんは調味スープが別添えであることを知らず、日清のカップヌードルのように麺にお湯をかければ、できあがるものかと思っていたらしい。凉平は調味スープが別添えであることを説明する。) 「そうだったかしらね。即席ラーメンなんて食べるの久しぶりだから。」(老婆) 「まずカップの中からスープの袋を探してみてください。」(凉平) 「そんなものあったっけ?ちょっとお待ちよ。」(老婆) 「入っているはずです。」(凉平) 「あらあら、ほんとだわ。お湯びたし。」(老婆) 「ありました?では、それをお湯の中に入れてください。あ、封を切ってくださいね。一緒に特製オイルもついていますので、それも」(凉平) 「面倒だねぇ。嫌がらせかい。」(老婆) 「いえ、とんでもない。では、そういうことで。」(凉平) (受話器を置こうとすると、老婆の悲痛な声がした。) 「切らないでおくれ、心細いじゃないか。」(老婆) (凉平はラーメンができあがるまで、3分間待つことになる。) 「できたよ。いい匂いだわねぇ。」(老婆) 「納得していただいてよかったです。それでは。」(凉平) 「おいしくないねぇ。」(老婆) (再び電話を切ろうとすると、老婆のすすり上げる音がした。泣いているらしい。) 「情けないねぇ。この歳でこんなものを一人で食べなきゃならないなんて。あのね、うちの嫁が働きはじめんただよ。―――。私と顔をあわせるのが嫌なだけなのよ。関節が痛くて昼ごはんの支度が一苦労なのに。あんた、どうすればいいと思う?」(老婆) (そういうことは、みのもんたに聞いてくれと思いながらも、凉平は延々と続く老婆の愚痴につきあった。) 「おバアちゃん。さ、もう泣かないで。元気出して。人生九十年。七十八なんてまだまだ若いんだから。」(凉平) 「ありがとうね。あんた、優しいねぇ。他人様だってこんなに優しくしてくれるのに、うちの嫁ときたら・・・・・・ほんとに情けない。」(老婆) 「では、そういうことで。」(凉平) 「そうそう。もうひとつ聞いてほしいことがあるのよ。姪のみいちゃんのところの娘なんだけど、杉本さんの次男のところへお嫁に行ったら、なんとまぁー」(老婆) と、凉平のところには色んな電話が掛かってくる。事が重大な場合には謝罪訪問をすることもある。3・4ページに1箇所はこのようなクスッと笑える箇所があり、読者を決して飽きさせない。 では、タイトルにある神様はどんなところで登場するのか。凉平はプライベートで女に逃げられ、そちらの悩みも解決したい。ある日、公園で凉平がジョンレノンのイマジンを歌った時、ジョンレノンのような風貌の人が現れ、凉平の悩みを聞き、解決のヒントをシンプルな表現で教えてくれる。「悲しいときは泣きなさい。」、「嬉しいときは笑いなさい。」、「見つけたものは拾うべきだね。」、「拾ったものは、離さないこと。」など。しかし、本題に入ろうとすると、その人の姿が突然消えるため、凉平は彼を神のように思っていた。その後も凉平はその人に会いたくなると、イマジンを歌う。歌うと、必ずその人は現れる。3回目にあった時にようやく、本題を聞くことができた。本題とは、彼女に会ったらなんて言えばよいか。その答えを神は凉平の耳にささやく。読者にはその時点で神の言葉はわからない。最後の最後に凉平が久々に会った彼女に言葉を発するが、本当に神の言葉だったかどうかまではわからない。 その他、神様に関連してくるのは、「お客様の声は、神様のひと言」という珠川食品の社訓。そのような社訓もあってか、「お客様相談室」も一応設置されているものの、実際は社員の誰もがお客様の声は、神様のひと言とは思ってなく、室長までもがクレーム電話を「こちらではございません。」と逃出してしまう始末。 さて、私自身はこの本を読み、「神様からのひと言」とは何かを考えてみた。頑張って生きている人が自分の歩む道に迷った時、周囲の人間が発する言葉、本の中の言葉、テレビ・ラジオの言葉の中に、自分の背中を押してくれる言葉をふと見つけるのかもしれない。そのような言葉が、神様からのひと言であり、周囲の人間、本の著者、テレビ・ラジオの出演者が、神様のメッセンジャーとなって、本人に言葉を届けてくれるのではないだろうか。 |
||
|
|
|
| ホーム |
|
